|

| 都会と田舎 |
| 養老孟司 |
都会とは、人の意識が作り出した世界である。田舎とは、人の意識が作り出したものではないもの、つまり「自然」が大きく存在する場所である。だから都会では人を左右するものは意識であり、田舎ではそれはむしろ自然である。
こうした自然の定義は、西欧にはない。日本の学問は西欧を模範にしているから、私のような定義は一般的ではない。でも、すなおに考えたら、私の定義で十分だとおわかりいただけると思う。たとえばアメリカ人に自然を定義させたら、百家争鳴、めちゃめちゃになってしまう。なぜならかれらはそれを「外部的に」定義しようとするからである。つまり定義している自分を外して考えようとする。そんな無理をするから、自然の定義ができなくなってしまうのである。それがかれらの「客観性」だが、客観ではしばしばものごとは進まない。自分のすることは、ふつうは典型的に主観だからである。
都会と田舎の関係は、個人に戻して考えることもできる。その意味では、「都会は意識」で「田舎は身体」である。身体は意識が作ったものではない。むしろ意識が身体に支えられている。だから身体の都合で眠くなり、意識がどういおうと、人は寝てしまう。寝れば、意識は消える。それなら「主体は身体」に決まっているではないか。しかし意識はそれを違うという。寝ているのは単に休んでいるだけ、人生は意識だ。そう主張する。もちろん主張するのは意識である。でも人は寝なければ生きていけない。その理由ははっきりしていると、私は思う。寝ることによって、脳は脳に溜まったエントロピーを片付ける。なぜエントロピーが脳に溜まるかというと、意識は秩序活動だからである。
これで説明はおしまいだが、いくらなんでも簡単すぎるかもしれない。でも右のことをよく考えていただければ、現代社会が長続きするはずがないことは、おわかりいただけるはずである。
むずかしいことはともかく、「田舎暮らし」を一般的にするには、どうしたらいいか。私は社会的には「参勤交代」を主張している。霞が関のお役人からはじめて、年に一ヶ月は、田舎で身体を使って働く。三代さかのぼれば、日本人の多くは農民である。それがいまでは冷暖房完備のオフィスの椅子に座って、パソコンの画面を日がな一日、睨みつけている。あとは同僚や上司の顔を見るだけ。こんな生活で、人間がマトモになるはずがない。
参勤交代の利点を数え上げたら、際限がない。身体を使うことで、健康になる。身体を使えば気持ちがいいから、偉い人はしばしばゴルフに励む。それなら農作業をしたって同じことである。トキオがダッシュ村でやっていることを考えたら、わかるであろう。現代社会ではうつ病が多いが、私はそれは身体を動かさないことと、深く関係していると考えている。身体を動かせば、脳が変わり、見方や考え方が変わる。その変化そのものを、現代人は嫌う。だからいつも「同じ」自分になってしまい、それが陰気な自分であれば、陰気のままになってしまう。うつ病が悪化するわけである。
田舎に暮らすこと自体は、いわばどうでもいい。そうした暮らしをすることで、自分が変化する、自分を変える、それが重要なのである。自分が変われば、世界は変わる。革命というのは、自分を根底から変えることである。「個人が自分を変えること」、それがいちばん根本的な社会変革、構造改革なのである。
|
−プロフィール−
ようろう・たけし/解剖学者。1937年神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学医学部卒業。現在、東京大学名誉教授。都市と農山漁村を人々が活発に「往来」し、双方の生活文化を楽しむ新たなライフスタイルを広め、日本をall right(健全)にしようとするオーライ!ニッポン会議代表。「からだの見方」でサントリー学芸賞、「バカの壁」で毎日出版文化賞を受賞 |
| 【No.2(2006年夏号)掲載】 |
|
 |
 |
| |
 |
 |
| IJUガイド |
 |
 |
|
|
|
 |
|
ジャンル別情報一覧 |
 |
 |
|
|
 |
|
 |
|
 |
|
 |
|
|
 |
|
|
 |
|
|
 |
|
 |
|
 |
| ポリシー | iju infoについて |
| 個人情報対応 | メディア情報 |
| トップページへ |
|
| |
| ■PDFファイルについて |
| このサイトでは、PDFファイルを使用しております。PDFファイルを表示するにはアドビシステムズ社のアドビリーダーが必要です。アドビリーダーはアドビシステムズ社より無償で提供されています。下のアイコンをクリックすると、ダウンロードすることができます。 |
 |
|
 |