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| 発見!自分らしい生き方 |
千葉県 夷隅東部漁業協同組合
有限会社寛栄丸漁業 堀貴雄さん |

仕事が終われば思いっきり波乗りを楽しんでますと語る堀さん |
千葉県房総沖。このあたりは暖流と寒流がちょうどぶつかり合うところで、豊富なプランクトンを求めてイワシやイナダなど魚の群れが押し寄せる。
この魚群を相手に巻き網漁を営む夷隅東部漁業協同組合の(有)寛栄丸漁業では、ベテランと若手24名の腕自慢の漁師たちが力を合わせて一気に網を引き上げる。そのうちの一人、堀貴雄さん(27歳)が経験を買われて寛栄丸に乗り込むようになったのは2002年3月のこと。経験とはもちろん漁師の経験で、堀さんはかつて別の漁船に乗っていたのである。
20歳のころ、波乗りに来ていた千葉仕と県鴨川で偶然目にした漁船の水揚げ風景に感動したのがきっかけとなり漁師になりたいと思った堀さんは、地元の漁師さんに声をかけ、ちょうど欠員のあった巻き網漁船に乗り込むことができた。漁船での仕事には満足していたものの、夢だった音楽への道をあきらめきれず、2年足らずで船を降りた。
東京へ戻り、ラーメン屋などでアルバイトをしながら音楽の勉強をしたが、音楽で成功できる人はほんのわずか。運によるところも大きい。そう考えると、自分にはやはり大好きな海で働く漁師が合っていると気づき、以前乗っていた漁船の船主の門を叩いた。しかし、地元の掟として、一度降りた船に再び乗せるわけにはいかないという。ではあるが、船主は同じ千葉県いすみ市にいる知り合いの船主を紹介してくれた。それが(有)寛栄丸漁業の社長で親方の横山繁男さんだ。

操船席で舵を取る堀さん |
親方のもと寛栄丸に乗り込むようになった堀さんは、仕事に対する姿勢が以前とは違っていた。生来の負けん気も出てきて、「よそ者でも一人前の漁師として認められたい」と漁法や船のことを研究し、分からないことがあれば親方や先輩に積極的に教えを請うた。苦手だった網の修理などオカ仕事にも誰よりも遅くまで残って励んだ。「ただ目の前の仕事をこなすだけではダメだ。自分で何かをつかみ取ろうとしなくては!」。その意欲は周囲にも伝わり、親方に船舶免許を勧められた。見事、船舶免許を取得した堀さんに、親方は操船を任せた。
巻き網漁は、先導船がソナーを使って魚群を探し、その進行方向に先回りして2艘の網で周りを囲み群れごと一気に巻き取るという漁法だが、ここで舵取りを誤るとせっかくの獲物を逃すことになる。むろん、そんなときは怒号が飛び交う。収穫は即、収入につながるからだ。それだけに操船者の責任は大きい。その重要な仕事をよそ者である自分に任せてくれたことが、堀さんには有り難かったし、やりがいにもつながった。
いすみ市に来て4年が経つ。ここまで頑張ることができた理由の一つに、周囲の人々の温かさがある。親方の奥さんは早起きして全員の朝食と昼食分のお弁当を持たせてくれるし、家の前を通れば晩ご飯にも誘ってくれる。住まいを探しているといえば親方一家を始め町のみんなが探し回ってくれ、風邪をひいたと言えばみんなで世話をやいてくれる。人間関係が希薄だといわれるなか、ここまで身内のように思い、接してくれるいすみ市のあったかい人たちに囲まれているのが「たまらなく心地いい」という。
堀さんの給料は基本給に歩合がプラスされる仕組みで、水揚げ金額が多ければ収入も増えるわけだが、当然その逆もある。不安定な面もあるがゆえに、不安がないといえば嘘になる。だが、この土地で根を張り生きていきたいと考えている。
取材当日、偶然にも堀さんは入籍することになっていた。看護師の奥さんと共にこの町で新しい家庭を築いていく。家で待つ奥さんのもとへ急ぐ背中に迷いはなかった。 |
| (有)寛栄丸漁業では、現在、乗組員を募集中。堀さんのように、大海原で生き生きと自分らしく働いてみたいと思った方にはチャンスかもしれない。 |
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| 【No.2(2006年夏号)掲載】 |
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