ここから始まるI・J・Uターン

頭よぐねば、漁師でねえ
吉村喜彦
 秋田県象潟の漁師を取材したとき、忘れられない言葉を聞いた。
 「頭よぐねば、漁師でねえ」それまでぼくの漁師イメージは、ねじり鉢巻きに茶わん酒・根性と体力…そういうものに支配されていた。
 ところが、事実は、違った。
 その後、約50人の漁師と付き合ううち、ことに20歳〜40歳代の漁師には、絵に描いたような筋骨隆々の荒くれ漁師はまったくいなかった。むしろ、物事を冷静に判断する物静かな男たちが多かった。
 海は千変万化する。光や風、雨、潮の流れという自然条件。また、人間の暮らしの変化に応じて、プランクトンやクラゲの数などは分布の時期やエリアも変わってくる。
 漁船に乗るとよく分かることだけれど、いろんなものが「揺れ動いている」職業だ。その「揺れる」部分に自由と不安が、同時に存在している。

 漁師とサッカー選手は似ているかもしれない。
 サッカーは、試合の状況がいつも変化している。「揺れて」いる。そして自分自身も常に動き続けている。だから瞬時に、次の展開をイメージして行動しなければならない。
 自由で不安定であるからこそ、身体能力のみならず、頭もよくなければサッカーはうまくならない。
 もちろん一流大学や進学校を卒業したというバカげたブランドで、頭がいいなどといっているのではない。豊かな想像力があるかどうか。そこが頭がいいかどうかの分かれ目だ。
 相手の気持ちを察すること。言葉以外の部分(気配や挙措動作)で、同じ船の漁師仲間が何をしようとしているのかを想像すること。
 これは対人間だけではない。魚の気持ちに立つことができるかどうかが大事だ。こんな水中地形では、タイはどう動くのだろう? 月が明るすぎる夜は、産卵に来たコウイカはどう思うだろう?
 日ごろから、そうした想像力を培っているかどうか。そこに、漁師として成功するかどうかの鍵があるようだ。


サンゴ礁の海のなかで、日本最大のコウイカ=コブシメを銛で射止めた海人(うみんちゅ)
 頭がいい漁師というのは、旅をする漁師でもある。旅をするとは、漁師バカになっていないということ。漁業の外の世界を知っているということだ。
 最近、他業種から転職してくるIターン漁師が増えているが、彼らは他の仕事ジャンルを旅してきた人たちだ。漁師という職業を外から見てきた経験があるので、漁業を客観的に評価するまなざしを持っている。転職漁師だけでなく、学校を卒業以来漁師を続け、漁業の現状を冷静に受け止めている人は、他ジャンルの仕事の知恵を取り入れ、新しい漁業のあり方を真剣に考えている。
 環境汚染、資源の枯渇、経済のグローバリゼーションのもと、増え続ける輸入魚、これからの漁業を囲む環境は厳しいものがある。
 しかし、そういうネガティブな状況だからこそ、知恵が重要だ。
 ただ「魚を大量に獲ればいい」という時代では、もはやない。魚の数は限られている。自然環境とのバランスを考えて、魚を捕らなければならない。そして、魚を商品として位置付け、その商品にどういう価値を付けていくか。そこが勝負のしどころだろう。
 生産から消費までの過程をトータルに見渡しながら、消費者にも、生産者にもメリットのある漁業を目指して、新しい漁師たちは、日夜、頑張っている。
−プロフィール−
よしむらのぶひこ/1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。最新刊に「食べる、飲む、聞く沖縄 美味の島」(光文社新書)、小説「ビア・ボーイ」(新潮社)がある。
【No.3(2006年秋号)掲載】
 
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