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| 元サラリーマンの発想で漁師の道を切り開く |
和歌山県和歌浦漁業協同組合所属 網代丸 高井宏さん
畑地将昭さん |

高井さん(写真左)と畑地さん(写真右)。一緒に乗り始めて1年余りとは思えないほどA[もぴったり |
漁どころではない木造船
紀伊半島の北西部、瀬戸内海国立公園の一部に属する和歌浦湾は、変化に富んだ海岸線と波穏やかな海が独特の景観をつくり出し、その美しさは万葉集にも多くうたわれている。
瀬戸内海と太平洋をつなぐ紀伊水道につながる海では、透きとおるように白いシラスが捕れ、極上品として珍重されている。このシラスを捕る漁師として、高井宏さん(40歳)が網代丸に乗るようになったのは30歳のとき。和歌浦漁業協同組合の組合長をしていた親戚が亡くなり、漁業権を引き継ぐ後継者として白羽の矢が立ったことがきっかけだった。
それまで和歌山県内でもトップ企業の総合エレクトロニクスメーカーに勤めていた高井さんは、本社工場での出荷検査などを経て、技術職として大阪支店、名古屋支店と転勤もこなし、順調にサラリーマン街道を歩んでいた。そこに突きつけられた漁師という選択肢。社内恋愛で結ばれた奥さんとの間には2人の子供もいる。苦労させるわけにはいかない。
でも、何となく気になっていた漁師という職業。会社という枠の中よりも、自分が思うとおりにできる仕事のほうが性格的に向いているのではないか。会社は以前に比べ管理が厳しくなっている。今後のことを考えると、これはチャンスかもしれない。家族とも相談した上で、思い切って漁師の世界に飛び込むことを決意した。
とはいっても、それまで漁船に乗ったこともなければ海釣りの経験すらほとんどない。
親戚の漁業権と船を引き継いだといっても、船は木造でエンジンをかけるだけで一労。ようやく走り出したかと思えば、小さな波が立つだけで船体がバリバリと音を立てて裂けてくるのを、積み込んだ板切れを釘で打って補修しながら走るという有様。「これじゃあ、漁をするどころではない」。乗組員も高齢者ばかりで、じきに船を下りていった。
高井さんの心の中には、安易に飛び込んでしまったのではないかという不安が募ってきた。しかし、もう後へは引けない。とにかく前へ進むしかないのだ。
素人3人で高水準の水揚げ高

シラス漁で網を引く2隻はまるで双子のよう |
「まず新しい船を造らなければ!」高井さんは他の船をいろいろと見て回った。シラス漁は魚群の上に投げ入れた網を2隻の船で同時に引いていく小型機船船引き網で行うが、この2隻は左右対称の同じ船でなければならない。退職金などを頭金に、残りはローンを組んで、2隻の船を発注した。
船が出来上がるまでの4カ月間も無駄にできない。船舶免許を取得し、他のシラス漁船に乗り込んで修行をしながら、父が営むアナゴの仲買いの仕事もこなした。夜11時に起きてセリに出掛け、仕入れたアナゴを朝方までかけて仕分けしたら大阪まで運んで、戻ってきたらすぐ沖へ出るという毎日。その生活は、真新しい網代丸に乗るようになってからもしばらく続いた。
漁師経験のない父と従弟を含めて3人でのシラス漁。網代丸の水揚げ高は当初2年間、和歌浦漁協の中で最下位というくらい少なかった。しかし、高井さん持ち前の探究心とねばり強さが功を奏し、3年目からぐんぐんと水揚げ高を増やしていき、以後、高水準の水揚げ高を確保している。
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| 運搬船に引き揚げたシラスはすぐに氷でしめる。船上での処理が鮮度の良し悪しを決める |
最低の水揚げ高のときに漁師に転職
それでも去年は不漁で、網代丸の水揚げ高も激減。そんな時期に、船を下りた従弟に代わって乗り込むようになったのが畑地将昭さん(39歳)だ。
畑地さんは和歌山市内の米穀店に勤めていたが、自然の中で働ける農林漁業への就業を希望していた。その中でも、サーファーとしてなじみもある海で仕事ができるということから漁業を選択。和歌山県漁業就業者確保育成センターのホームページに掲載されていた求人情報を頼りに、網代丸の高井さんと直接連絡を取り、2日間の体験乗船をした後、漁師への転職を決めた。
もともと船舶免許を持っていた畑地さんは、網代丸に乗り始めて1カ月もすると操船を任されるようになった。網代丸は網を引く2隻と魚群を探したりシラスを水揚げして運んだりする1隻の合計3隻で漁をするが、基本的に1隻に1名しか乗り込まない。いわば3人で1チーム、最小限の人数なだけに、一人一人の能力が高くないと水揚げ高は確保できない。
「初めて舵を任されたときは緊張しまくりましたよ」という畑地さんだが、「責任を持ってまじめに仕事をこなしてくれる」と高井さんの評価は高い。
畑地さんの給料は完全な出来高制で、不漁だった昨年は年収150万円。家族4人分の生活費として足りない分は、漁協の取り決めで漁が休みとなる水曜・土曜・日曜を利用して、陸でアルバイトをしながら稼いだ。
転職に反対しなかった奥さんとも収入のことでしばしば喧嘩するような状況であっても漁師を辞めなかったのは、本当にこの仕事が好きだからだ。荒稼ぎしたくてなった漁師なら、とっくに船を下りている。
元サラリーマンの感覚をいかす

高井さんのお父さんと共に、網を引く船を任されている畑地さん |
シラス漁は春と秋がピークで、夏と冬には枯れる時期がある。自然が相手の仕事で年によって捕れる量が大きく変わるため、シラス漁だけに100%頼ることはできない。海の仕事一本で生きていくために、高井さんはイカナゴ漁やタコ壺漁、かご漁、それに釣り客相手の遊漁船などを組み合わせている。「漁師には計画性も大事」なのだ。
シラス漁にしても、漁協で取り決めている出漁時間の早朝4時半に沖に出たら、とにかく最後までねばる。「一つでもよその船がいたら、絶対に港に戻らない」のがポリシーだ。
魚影がないと午前中でもさっさと引き上げていく船が多い中で、最後まで沖に残るというのは意外と根性がいることだが、ねばった分の水揚げは必ずある。サラリーマンだったら、午前8時半に出社して午後6時まで働き、残業もする。その感覚からすると、捕れないからといってすぐに引き上げるわけにはいかない。収入についても、大漁で増えた分は不漁に備え蓄えておく。元サラリーマンならではの発想かもしれない。
「漁師は毎日結果が出るのが魅力」という高井さんと「漁の難しさ奥の深さに驚きや発見がある、飽きることのない毎日です」という畑地さん。夕陽を受けてキラキラと輝く和歌浦湾に、今日もチームワークで網を引く網代丸の姿が浮かぶ。 |
●和歌浦漁業協同組合
所在地:和歌山県和歌山市
新和歌浦4-12
TEL:073(445)1621
設立:1949年
組合員数:正組合員24名
準組合員10名
販売取扱高:5,000万円
主な漁業種:瀬戸内海機船
船引き網 |
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| 【No.3(2006年秋号)掲載】 |
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