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| 木の器の職人として独立 |
| 島根県益田市 渡邊暢さん |

高速で回転するロクロを使った作業は真剣そのもの |
島根県益田市匹見町(旧・匹見町)は、町の97%を森林が占める山村。かつて林業で栄えたこの地域にも、過疎化の波が押し寄せ、人口は、減少の一途をたどっている。学生時代に船乗りを目指していた渡邊暢さん(41歳)は、マグロ船の冷凍設備の設計者から転身。山林に覆われ美しい渓谷が連なるこの町で、木の器を作り始めて8年になる。 |
ひとつとして同じものがない木の器
町の中学校だった木造校舎を移築した「ウッドペッカー木工組合」。その一角に、渡邊さんの工房「CraftT」がある。
サクラ、ケヤキ、ミズネなど、製材からおおまかな形を切り出し、高速回転のロクロに刃物を当てて形を整えていく。さらにサンドペーパーが回転する「ベルトサンダー」で磨き上げ、塗装して仕上げる―。一日中、木と向き合いながら、黙々と作業を続ける。微妙なラインの違いが全体の印象を変えてしまう。根気と体力、そしてセンスを要する仕事だ。
「同じ大きさのおわんやボールでも、木の色や木目のラインの違いで、見た目の印象がぜんぜん違うのです。ひとつとして同じものは作れません」おわん、サラダボール、靴ベラに料理ベラ…いずれも木を削り出し、木目や風合いをそのままいかしたシンプルなデザイン。こうして生まれた商品は、地元の「ひきみ森の器工芸組合」を通して販売されている。祝い事の引き出物や記念品として喜ばれ、普段使いの器として、愛用者も多い。
中国背梁山地の深い山懐に抱かれた匹見では、広葉落葉樹林に覆われ、近世にはロクロを回転させて木から器を削り出す漂泊民「木地師き じ し」が活躍していたという。
1998年、財団法人ふるさと島根定住財団の産業体験事業を糸口に、匹見町へ移住し木工技術を習得。5年前にこの町で一人の職人として独立を果たした渡邊さんは、「21世紀の木地師」といえるのかもしれない。
船乗り志望の青年が、なぜか山奥へ
「過疎の町、匹見。小学校の社会科でそう習いました」
小学校3年生から中学までを出雲市、高校は水産高校、卒業後はその専攻科へと進み、隠岐島で過ごした。同じ島根県で暮らしていたのに、一度も山間部の匹見町を訪れたことはなかったという。
中学時代、境港に入港した南極観測船「ふじ」を見て以来、「いつか船乗りになりたい」と考えるようになり、迷わず水産高校を選んだ。専攻科時代は、エンジンなど船の機関部について学び、アルバイトで冷凍運搬船に乗り込んだこともある。そのとき、貨物船の乗組員は外国人が大半で、先行きは明るくないと感じた。そこでやむなく船乗りの道を断念。大阪でマグロ運搬船の冷凍設備を設計する会社で9年間働いた。
「遠洋で捕れたマグロをマイナス50℃以下で凍らせて運んでくる。確かに優れた技術だけれど、膨大なエネルギーを使って、そこまでやる必要があるのか。このままでいいのだろうか。別な仕事をやりたいと思いました」
そんなときIターン情報誌で匹見町の「森の器工芸組合」の記事を目にした。資料を取り寄せ、ふるさと島根定住財団の大阪事務所で話を聞き、現地を訪れることに。サラリーマン時代、山歩きが好きでよく登っていたが、それまで木工の経験はなかった。
初めて匹見を訪れ、工芸組合代表の大谷照行さんの話を聞いたとき、「おもしろそうだな」と感じた。渡邊さんはその後さらに湯布院まで足を伸ばし、工芸家の時松辰夫さんを訪ねる。
時松さんは、地元大分県だけでなく、北海道や岩手県そして島根県でも、地場産業としての木工芸の指導を通じて地域おこしに尽力している人物。時松さんの作品と話にじかに触れたとき、決意が固まった。
「それまで木の種類も名前もまったく知らなかったのに、とにかく『やってみよう』と思いました」
単純なものほど難しく、奥深い

工房の近くを清流匹見川が流れ、美しい渓谷を形作っている |
こうして渡邊さんが大谷さんの指導の下、最初に取り組んだのは、「料理ベラ」。板を削ってゆるやかなフォルムを描き出す。木工の経験はないが元々プラモデル作りが好きで、手先の器用な渡邊さんは、取り組み始めて1カ月たたないうちに、作れるようになった。
「最初の料理ベラ、とってあるんですが、今見るとへんてこりんな形です。当時はそれで満足していた。最初は手先の器用な人なら、ある程度のものは作れます。でもそれからが大変。だんだん自分の見る目も肥えてきました」
それからおわんやボールなど、だんだん立体的な器に。高速で回転するロクロに木地を取り付け、刃物を当てて削り出すのは、危険を伴う作業だ。渡邊さん自身、刃物の当て方を間違えて、木片が飛んで頭に当たったことも…。
「しばらく怖くてロクロに近付けませんでした。でもね、後はもうやるしかないんですよ。数をこなさなければ分からないことがたくさんある。単純な作業ほど難しくて、奥が深いですね」

渡邊さんが所属する「ひきみ森の器工芸組合」の商品。木目をいかしたデザインと使いやすいフォルムが特徴 |
いつかオリジナルの作品を
最初の1年はふるさと島根定住財団の産業体験、次の2年間は町からの後継者育成事業によるサポートを受けながら3年間技術を磨き、2001年、晴れて「独立」を果たした。現在は工芸組合から支給される材料を使って、規定のデザインのヘラや器を作って納品。木取り・削り・仕上げまでを一貫して手掛ける職人として活動している。
記念品としてのニーズが高いので、婚礼や観光シーズン前は、注文が集中して忙しい。
現在は組合を通して販売しているが、いつか自分のオリジナル作品を世に送り出したいと考えている。
「それは夢ですけど、現実はそんなに甘くない。名の知れた芸術家や作家の作品のように、人がいいなあと思ってくれる器を作るのは難しいですね」
目指すのは、芸術作品ではなく、見た目の美しさ+使いやすさ(機能美)を兼ね備えた職人の器。
「厚みもカーブも大きさも、使う人のことを考えて作らなければ。自己満足で終わっちゃいけない」
移住希望者の中には、半年や1年で結論を出して町を去ってしまう人もいるが、渡邊さん自身、これまでを振り返り、「一カ所にとどまってしばらく頑張ってみることが大事。とりあえず3年いれば、何かが見えてくる」と語る。
元来無口で自分から地域へ溶け込んでいくタイプではないが、自治会の役や共同作業などは、できる範囲で引き受けている。何よりも一つの仕事に打ち込むことが、大事だと実感している。
「もともと海で船乗りになりたかったのに、気が付けば、すごい山奥に来ていた。人生何が起こるか分かりません(笑)」
匹見へ来て8年、渡邊さん自身の器を見る目が変わってきたように、愛用するお客さんもどんどん目が肥えてきているのを感じる。今41歳。職人の世界に「これでよし」はない。
「一生勉強です」
あと10年、20年作り続ければ、さらに見える世界が変わっていくに違いない。 |
<島根県の産業体験制度>
ふるさと島根定住財団は、UIターン希望者を対象に、農業、林業、漁業や伝統工芸などの仕事を体験しながら暮らしてみる産業体験事業を実施している。同県内で一定期間(3カ月〜1年)、産業体験を行う場合、滞在経費の一部(1カ月当たり5万円が)助成される制度。家賃や親子連れの場合の助成もある。産業体験の受入先は、同財団に問い合わせてみるといいだろう。
【問い合わせ先】
(財)ふるさと島根定住財団
電話:0852(28)0690 |
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| 【No.3(2006年秋号)掲載】 |
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