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| 地方に生きること |
| 毛利甚八 |
昭和30年代前半、私は長崎県佐世保市の山村に生まれた。家は一町ほどの土地を持つ農家で、祖父が家父長的な価値観で一家をとりしきっていた。
今思うとじいちゃんは凄かった。タバコにも酒にも手を出さず、いつでも粗末な野良着とステテコ姿で、自家製のワラ草履を履き、誇張ではなく漫画「カムイ伝」に出てくる江戸時代のお百姓さんそのままの姿だった。
「百姓は子どもばいじりよったら立っていかんばい」(子どもを世話する間に働け)、「こげなもの(冷蔵庫)は百姓の家にはいりまっせん」(無駄な金は使うな)。事実、じいちゃんだけは日銭を使わない暮らしをしていた。朝起きて牛の食べる草を刈り、田を鋤き、ワラ草履や縄を自作し、風呂は山で拾った薪を使う―飼料、燃料、衣類、食料はすべて無料だった。
ところが私が幼稚園に入る昭和39年ごろを境に、状況が一変した。三種の神器と呼ばれたテレビ、冷蔵庫、洗濯機が農村の生活に入り込んだのだ。家に冷蔵庫が運び込まれ、可愛がっていた役牛が耕運機に替わり、自家用車がやってきて、祖父の農本主義は急速にしぼんでいった。
なにもお金で繁栄を謳歌する生き方は、そのころに始まったわけではない。平安時代にも、江戸時代にも都市の生き方としてあった。だが、それがじわじわと地方に滲み出し、農業大国・日本を支えてきた農家の世界観にとどめを刺したのが昭和30年代後半から40年代だったのだと思う。
自分が生まれてから半世紀近くが過ぎた今、地方をみると、その変わりようは凄い。広々とした田園だった場所にバイパスが走る。オレンジ、緑、黄色の看板。自動車用品店。レンタルビデオ店。ラーメン店。ショッピングモールには自家用車と人が溢れている。
山間に残った田んぼを見ると、休日に植え付けが済むせいで、平日は人を見かけない。これが今の地方の姿である。職場、道の駅、ショッピングモール、家―田園のあらゆるところに都会の空気が薄く張り、それをパクパク吸いながら金魚のように暮らしている。要所を車でつないで生きているので、東京以上に他人とは会わないのだ。
50年前、地方は貧乏だった。しかし、そこには生産を中心とした目に見える生き方があった。今の地方は風景のなかに生き方が見えてこない。延々と続く、さまざまな消費の様式が、人間の身体に貼り付けられているだけだ。財布のなかのレシートを並べてみれば、その人の人生観の大半は読み解けるのではないか、と思うほど。その大量消費が当たり前な生き方は、ショッピングモールが乱立する都市の資本主義が誘導したものなのだ。
今、地方はイタい。本当に地方に移り住む気ならば、十分に武装してくるべきである。農家になるなら超一流のプロになるつもりで勉強してきてほしい。なんとなくやっている専業農家はもういないからだ。いわんや素人をや。
それから基礎的な料理は作れたほうがいい。料理を知らないと、食材の良し悪しはわからないからだ。旨いものを食べたいなら、地方では作るほうが早いと誰もが知っている。良い食材がどんなものかをわからないまま農家になるのは難しいだろう。また都会にいるうちに売る場所をイメージしておくことも必要。一流レストランに食材をおろすなら、それなりの野菜を作らなければならないだろう。
跡継ぎのいる農家ですら仲間はそう多くない。人脈は深く広く確保しておこう。地方に来てから人を捜すのは金がかかる。インターネットで親友はみつからない。都会にいるうちに親友をつくり、自分が帰郷先にでもなるつもりで付き合ってみてはどうか。農泊してもらって野菜を売れば、友達も貴重なお客様になる日がくるだろう。
「田舎にいけばノンビリ生きていけるだろう」「市場に出せば売れるだろう」。これはバブル期までの価値観で、今もそう考えている人は都会のサラリーマンでいたほうが無難。生き方も戦略も自分で創造できるパワーエリートを、地方は待っているのだ。 |
−プロフィール−
もうりじんぱち/ 1958 年長崎県佐世保市生まれ。日大芸術学部文芸学科卒業後、フリーライターとして『BE-PAL』などに寄稿。1986 年から漫画「家栽の人」の原作に着手。1995 年より民俗学者・宮本常一の足跡を追うルポルタージュ「宮本常一を歩く」を手がける。2001 年より全国の農業後継者を取材した「後継者列伝 土を継ぐ」を『全国農業新聞』に連載。 |
| 【No.4(2006年冬号)掲載】 |
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