ここから始まるI・J・Uターン

そこにもミカンがあった
中村顕治
 あんなに辛かったのに、オレもトシかと弱気になりかけていたのに、やっぱり寂しくなる。あいつが背を向けて立ち去りかけると、まあいいじゃないか、もうちょっと付き合え。あいつの猪口に銚子の口を強引に当て、引き止めたくなる。
 あいつ? そう、夏のことである。

 毎年、梅雨明け40日は昼メシがうまく喉を通らない。テカテカの太陽の下で働いた後の昼食は、フルマラソンのゴールラインでお茶なしで牛丼を食えといわれるに近い。たまに冷房の効いたファミレスに行くとその違いがよくわかる。
 暑い時間を避けて働く、昼寝する、それも大いなる願いではあるけれど、
 「五時出荷で翌日昼には台所へ―」
そんな看板を掲げて営業している身には夢のまた夢かも知れない。
 夏の終わり、秋の到来。それを教えてくれるのは、耳にはツクツクボウシ、目にはこのニラの花を僕は挙げたい。若いころ、ニラレバライスをとことん愛し、食ったが、かくも可憐な花を咲かせるということを、まだ青年は知らなかった。
 地上からスッーと伸びた長い茎。天空にパッと開いた白い花。それは真夏の夜空を彩った打ち上げ花火の姿にも似る。
 それゆえにか、ずいぶん苦しめられた酷暑にも愛惜を感じる。今はもう秋、誰もいない海……。懐かしのメロディさえも口ずさみたくなるニラの花。

 シャワーから浴槽へ、ビールから日本酒へ、半ズボンだった作業着が長ズボンに……。すべてがシフトされるのは、白菜の苗を植え、早掘りのサツマイモを収穫するころである。これ以上痩せようのない細身の百姓だが、朝のランニングで赤い彼岸花を目にするころは、天高く、チョッピリ肥ゆる季節となる。
 見上げる空には柿、目の位置より少し高いところに温州ミカン。ミカンにはずいぶん苦労した記憶がある。初めて苗木を土に埋めたのは茨城県の取手時代。しかしそれは冬を越せなかった。この八街に越してすぐにも苗木を植えたが、やはりダメだった。両地とも温州ミカンが耐える温度をときに下回る。

 ふるさと祝島は温州ミカンの産地だった。秋の運動会は十月半ばだったか。そこに必ず青いミカンがあった。
 秋の日は短い。閉会の辞を述べる校長先生が壇上に立つ。朝から走り回った少年の半ズボンを少し冷たい海風が包む。わが子の活躍に熱狂した父兄が去った運動場を、風に吹かれた紙切れが舞う。
 そんな遠い過去の記憶にミカンの青い肌と、鼻にツーンとくるあの匂いが重なる。東京からの移住を果たした僕はどうしても、わが庭でミカンを作りたかった。

 雪が舞う、夜汽車が走る、白い海峡に連絡船が揺れる…。酔って歌う演歌はいつも北へのさすらい旅。これもおそらく古い記憶に裏打ちされる。46年前、初めて東京に向かったのが18時間を要する冬の夜汽車だった。
 そこにもミカンがあった。シャリシャリ凍ったミカンだった。スチームがよく利いた満員の夜汽車で食べる冷凍ミカンは、ただ冷たいというだけでうまかった。
−プロフィール−
【なかむら・けんじ】昭和22年1月山口県生まれ。33歳で築50年の農家跡に移住。東京での勤めと並行して野菜栽培の基本を学ぶ。現在は千葉県八街市在住耕作地50アールに典型的な多品種少量栽培。チャボ200羽を庭に放任で飼育する。
【No.4(2006年冬号)掲載】
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