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大地の恵みで生きる
−夢? それとも可能性?−
C・W・ニコル
  1958年の初春、17歳のときに、私はカナダで初めての北極圏遠征に参加した。私が学校で生物学を教わったピーター・ドライバーが、博士号をとるためにモントリオールのマックギル大学にいたからだ。彼は学術調査のため北極地方に行くことになっていた。
 彼は最初から、「現地調達でやっていく」と宣言した。この夢を実現するために、私たちはほんの少しの食料を携えて、未開の地に赴いた。小麦粉、ベーキングパウダー、砂糖、油、塩、お茶、コーヒー、チョコレート少々、ジャムの瓶を4本。これで何カ月かやっていくつもりだった。つまり、生き延びるためには、二人のうち一人が狩や釣り、果実探しに専念しなくてはならなかった。これはなかなかたいへんなことだった。

 幸運なことに、その年はライチョウの当たり年だったし、私たちは魚が豊富な場所にいた。雪が消えると、ホコリダケやヤドリダケ、それにたくさんのベリー類がとれた。そのうちに私は狩りがうまくなり、カモやガン、ときにはアザラシを獲ることができた。大体のところ、私たちはたっぷりと食べ、体重が8キロ増え、身長が6センチ伸びた。しかしイヌイットの人々の助けなしに、このように冬を過ごそうとしたら、私たちは飢えていたはずだ。
 大地の恵みで生きることは、簡単ではない。でも、なんとかそれができたときは、すばらしい気分だった。私はそれから何度も北極遠征に参加し、イヌイットから多くを学んだ。手付かずの自然のなかで生きのびることは、原始の喜びともいうべき感覚を与えてくれる。

 新しい何かに挑戦すること、習うこと、成功することも、簡単ではないけれど、面白い。私たちは昨年、ここ黒姫で、パースニップ(アメリカボウフウ)を育てた。丈夫で甘く、土の味がする根菜だが、日本人の友人や隣人は誰も知らなかった。パースニップはよく育ち、食べた人は皆、気に入った。特定の時期には、東京の高級スーパーでパースニップを買うことができるが、値段は高い。今年の春はたくさん植え付けた。今は収穫のまっさかりで、雪が降る前にすべて終える予定だ。収穫の一部をイギリス大使に送ったところ、大使は感謝の手紙をくれた。来週は、大使館のクリスマスディナーに使うためのパースニップを箱詰めして送る。こんなことができることがうれしい。
 
 黒姫では、小さな区画にじゃがいも、ニンジン、リーク、キャベツ、ピメント、ナス、大根、キュウリ、それに若いゴーヤと自然薯を育てた。
 森では、丸太に生えたシイタケ、ヒラタケ、ナメコ、そして各種の野生の茸を採る。もちろん野生の「山菜」も。森の番人である松木さんは、ミツバチを飼うのが得意だ(ただし襲ってくる熊とのトラブルが絶えない!)。そしてはちみつ以外にも、「ウリハダカエデ」の木から最高の蜜を採ってくれる。猟師の友人が、鹿肉とイノシシの肉をもってきてくれるので、家で牛肉を料理することはめったにない。

 こうしたことすべてが、喜びと健康(そして自慢できる話題)をもたらす。けれども、土地から採れたものだけで、みんなの給料と請求書をまかなうだけの金を稼ぐのはむずかしい。私は幸運なことに、作家としての収入がある。だから「自然の食物」は、生活の質を高める、健康的な特典のようなものだ。
 しかし、数千ヘクタールの水田と畑が休耕中であるとか、農家が価格を維持するために作物を土に戻さなくてはならないというニュースを読むと、若者に農業を勧めるのはむずかしいと思う。

 過去数年間、私はイギリスの田舎をめぐる旅をした。とくにチャールズ皇太子の大きな有機栽培の農場がある、グロスターシア州でときを過ごした。皇太子の影響で、このエリアには自然に優しい農法に転じた農家が増えてきた。おかげで環境はかなり改善され、鳥や蝶が増え、野原で遊び戯れる子牛や子羊、子豚も増えた。小川にはトンボや魚、カワウソが戻り、生命がよみがえった。
 環境が改善されるとともに、訪れる人が増えた。上手に土地を管理した結果、観光業が開花した。訪問者の一部は、人が多く、ストレスにみちた都会の生活を捨てて、田舎に住む。早期引退者の多くは、マーケティングに関する新しいアイデアと技術をもたらし、農業、林業、魚の養殖、茸の栽培、養蜂、郷土工芸など、さまざまな仕事をして、生活の足しにする。
 すると、「ファーマーズ・マーケット」が、小さな田舎の町で息を吹き返した。人々が集まって、野菜やはちみつ、チーズ、ソーセージ、籠などを売り、アイデアを交換し、友人をつくる。
 都会の仕事を続ける人もいるが、私はできるかぎり田舎で時間を過ごせるようにしている。家族と過ごすのはこの場所がよいからだ。
 「大地の恵みで生きる」のは、すばらしい夢だが、実現するのはむずかしい。しかし、このイギリスの田舎の町で起っていることに私は可能性を見い出している。
 事業としての成功の決め手は、人を感銘させ、楽しませることだ。私の場合、どんな高級レストランやバーよりも、ここ黒姫の我が家のほうが、編集者やディレクターを楽しませることがわかっているから。
−プロフィール−
C.W.ニコル
1940年7月17日、英国ウェールズ生まれ。17歳でカナダへ渡り、その後、カナダ水産調査局北極生物研究所の技官として、海洋哺乳類の調査研究にあたる。1980年、長野県黒姫に居を定め、以降、執筆活動をしている。「風を見た少年」(講談社)、「裸のダルシン」(小学館)、「勇魚」(文藝春秋社)など著書多数。1995年7月、日本国籍を取得。2002年、自ら荒れた森を購入し、生態系の復活を試みる作業を16年間行い、(財)C.W.ニコル・アファンの森財団を設立。その里山を『アファンの森』と名付け、再生活動を続けている。
【No.5(2007年春号)掲載】
 
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