ここから始まるI・J・Uターン

伝統の知恵や技術を守りつつ
積極的にチャレンジする精神を


三重県熊野市 熊野漁業協同組合所属
有限会社恵洋水産代表 桑原 清志さん

“仕事では厳しい”とおそれられる反面、よき兄貴として慕われている桑原清志さん
 衰退が危惧される日本の漁業。これからの漁業者は、ただ魚を捕って出荷するだけでは生き残れなくなっています。消費者が求める安心・安全な食料、その供給者として、漁業に携わる我々も具体的な基準を示していかなければならない。その一つとして関心が高まっているのが、国際基準の食品衛生管理手法であるHACCPです。
 今までの食品衛生法では工場など製造工程だけが衛生管理の対象となっていましたが、HACCPでは原料の段階から衛生管理が求められます。漁獲物であれば、最初に捕る漁師が、まず衛生管理の意識を持たなければならないということになります。
 このような時代のニーズを察知し、私が指揮を執る恵洋丸は、早い段階でHACCPに対応してきました。漁船としてHACCPの基準をクリアするため、水槽と甲板への特殊抗菌塗装や、海中のバクテリアや大腸菌などを殺菌できる紫外線殺菌装置、海水から安全な貯蔵用水をつくり出す滅菌冷海水製造装置を装備しています。網上げした魚はすべて分厚い断熱水槽に入れ、ゴムパッキン付きのふたをきっちり閉める。こうすることで、外気にふれず0.2℃の水温を保ちながら、安全な状態で漁港まで運ぶことができます。

男前集団(?)として地元でも一目置かれる存在の“チーム恵洋丸”。漁が終われば、クラブ活動のビリヤードで集中力と判断力を養う
 衛生管理への取り組みは、自らも消費者の立場に立てばやるべきことが見えてきます。それは魚市場でも同じことです。
 恵洋丸が水揚げする熊野漁協木本魚市場は徹底した衛生管理で、(社)大日本水産会の「優良衛生品質管理市場認定」を受けています。衛生管理の領域を明確にするため市場内の作業区域は床面を地面より60cm上げ、専用容器に入れた漁獲物は冷海水で洗浄して計量した後、専用台に載せてようやくセリにかけることができます。関係者全員に長靴、帽子の着用を義務化し、風邪をひいていないかなどの健康チェックも毎日行います。タバコ禁止、関係者以外の立ち入り禁止。
 それまでのやり方をガラッと変えて、かなり厳しいルールを取り入れるわけですから、最初はきちんと守れるか不安もありましたよ。でも、自分たちの漁獲物を自信をもって消費者に届けるために、漁師も、仲買も、市場職員も、一致団結して実行しています。


漁獲物を入れる容器は高さ60cm の専用台に載せ、床面から跳ねた水で漁獲物が汚染されないよう配慮されている
 消費者に安心・安全な食料を提供する一方、経営者としては安全に働ける環境づくりにも配慮しなければなりません。
 4年前につくった船では、腕利きの船頭のアドバイスも受けながら、どうすればより安全になるか徹底的にこだわりました。時化でも揺れにくい安定した船体、障害物をなくし広い面を確保した甲板、その甲板のすべり防止マット、あえて5カ所も設置した緊急停止ボタンなど、至
るところに安全のための工夫をほどこしているんですよ。
 災害自主訓練は年に数回実施し、操業中は10分に1回、皆で声をかけ合って安全を確認します。もし誰かが危険なことをしたらすぐにエンジンをストップさせ、全員集合で怒鳴りつけることもしばしば。危険が伴う仕事に、緊張感は欠かせませんからね。


水揚げした漁獲物は市場へ卸す前に丁寧に選別。作業は防鳥ネットの下で行われる
 漁業の衰退をくいとめるには、後継者育成も重要な課題です。熊野漁協が「体験漁業」に取り組み始めた6年前から、恵洋丸では新規漁業就業者として若い乗組員が増えています。今では総勢17名のうち20代と30代が半数以上。私は彼らに年間目標を立ててもらい、貯金を奨励しているんですが、それは計画性を持った人間になってほしいからです。自然相手で不安定な要素があるから、きちんとした計画性を持たせることで、自信と安心につなげてあげたい。
 漁業の後継者育成に本気で取り組んでいくには、国や地方自治体のなかに専業の担当者を置く必要があると思います。学校の進路相談のように、漁師になりたいという意欲を持った人の要望や適性に合った受け入れ先を探し、糸口を見つける。そういう仕事に生涯、情熱を傾ける人がほしい。漁業界を変えていくには、じっくりと腰をすえて地道に取り組んでいくしかないのではないでしょうか。


魚に一番大切なのは温度管理。恵洋丸では魚槽のすべてが断熱水槽となっている
 私は妻の実家が漁業を営んでいた縁で、Iターンをして漁師になりました。未知の世界に飛び込んだわけですから、知識や経験を身に付けることにがむしゃらでした。ほかの大型定置網漁船に頭を下げて乗せてもらい、自分たちにはない優れたところを学んだこともいい経験になりました。
 私は仕事に取り組むときの姿勢として、ただ漠然と作業をするのではなく、本当にそれがベストなやり方なのか、常に疑問の目を持つようにしています。もっと安全な方法、もっと効率的な方法はないか、と。
 いい方法があれば積極的に取り入れてみます。実際にやってみて「違ったな」と反省することもありますけど、違っていたら軌道修正すればいいんです。大切なのはチャレンジする精神。ウチの乗組員たちにも、いい考えがあればどんどん提案するように呼びかけています。なかにすごいアイデアがあったりすると「それいいじゃないの! 今からやってみよう」ということもありますよ。

地面より床面が60cm 上げられた市場内部。洗槽で足を洗浄しなければ、ここへ上がることは許されない
 何か新しいことをしようとしても「漁師の世界では、昔からこうだから」という理由で受け入れられないことも多いものです。でも、守りの姿勢だけだと発展は望めません。代々受け継いできた素晴らしい漁師の知恵や技術を守りつつ、新しい人や新しい考え方にも心を開き、積極的に取り込んでいく。そういう姿勢で臨めるかどうか。今後の漁業発展の鍵は、そこにあると思います。
プロフィール
桑原清志(くわはら・きよし)
1965年、愛媛県生まれ。大学卒業後、大阪で1年間の商社勤務を経て1988年、婚約者の実家が経営する(有)恵洋水産への就職と結婚を機に、Iターンで三重県熊野市へ移住。定置網漁船・恵洋丸の一漁師として経験を積む。1999年には、義父の跡を継ぎ熊野市議会議員選挙に立候補し、当選。2003年までの4年間、最年少議員として議会に新風を巻き起こし活躍した後、“地域の基幹産業である漁業で自分がやるべきことをやりたい”と漁業に専念。地域漁業の牽引役として、日々、漁業発展に向けた挑戦を続けている。熊野漁業協同組合理事。
【No65(2007年初夏号)掲載】
 
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