夏は野菜の季節だ。
信州の標高850メートルの高原にある私の農園では、6月の後半から9月の終り頃までがハーブと野菜の最盛期、10月がワイン用ブドウの収穫期である。原則無農薬の露地栽培だから、ズッキーニ、トマト、ナス、ピーマン、タマネギ、ニンニク。ラタトゥイユに必要な材料がすべて自家産でまかなえるのは夏休みの1カ月間だけ。だが、その短い期間の自然の恵みはなにものにも換えがたい最高の美味である。
私たちがこの土地に引っ越して農業をはじめてから、今年で16年になる。最初はまったくの未経験で、荒れていた土地の開墾からスタートして収穫物が出荷できるようになるまでは、夫婦ふたりで腰が痛くなるまで働いた。
4年前に開いたワイナリーのレストランに見えるお客さんは、整然とした区画にさまざまな花が咲くフラワーガーデンや雑草がきれいに刈られたブドウ畑を見て、
「ここまでにするのは、さぞ大変だったでしょう」
といってくれるが、不思議に私たち自身には大変だったという感覚がない。たしかに素人が突然3500坪の農地を耕しはじめることじたいが無謀といえば無謀で、背よりも高い草を刈ったり重い石を拾ったりする開墾作業も、広い畑の世話や際限のない雑草取りも、いまその頃の写真を見ると、
「若かったなあ」
とわれながら思うけれども、辛かったとかしんどかったという思い出はなにひとつ残っていないのである。それよりも、未知の経験が面白くて、へえ、加工用トマトはこうやって収穫するのか、ズッキーニはこんなふうに生長するのかと、子供が自然を観察するような興味に引きずられ、そのうえできた野菜がこれまで世界中のどこで食べた野菜よりもおいしいという実益にも魅せられて、あっというまに16年が経ってしまった。もう都会では暮らせないから、死ぬまでこの土地で野菜をつくり続けることになるだろう。東京生まれの東京育ち、40歳になるまでは田舎暮らしをするようになるとは考えたこともなく、もちろん自分たちが農業にかかわるなど想像したことすらなかった夫婦が、変われば変わるものだと思う。
最近、団塊の世代を中心に田舎暮らしを考える人が多いということで、私もよく体験談が聞きたいと引っ張り出されるため、田舎暮らしに関する基本的な問題が一読してわかるように『田舎暮らしができる人 できない人』という本を最近上梓したのだが、団塊の世代に限らず、私の周辺でも田舎で農業をはじめたいという人が確実に増えてきている。
私の農園でも、夫婦だけでは手に負えなくなった数年目から若いスタッフを雇うようになったのだが、そのうちのひとりが最近、専業農家として独立を果たした。イケメンの湘南ボーイなのだが小さい頃から植物が好きで、10年ほど農園のスタッフとして働くあいだに地元の人たちの信用も得て、去年から畑を借りて独力で営農を開始したのである。
ほかにも、東京で勤めていた会社を辞め、結婚した相手の実家に引っ越してきて農業をはじめた青年や、将来はふたりで農業をやりたいが当面は資金がないので奥さんだけがうちの事務所で働く、といったケースなど、私のまわりには、農業志望の若者がたくさんいる。また、ワイナリーを持つのが夢でまずブドウの栽培からはじめる、という青年や中年もしだいに増えてきて、農業離れというけれど、意外にそうでもないのではないか、と私は思いはじめている。だって、こんなに楽しくてやりがいのある仕事なのだから、苦労は買ってでもするという頼もしい人間がかならずいるはずなのだ。
10数年前に較べると、高齢化が進行する農村の集落は外からの人間が来ることを歓迎する気分になっている。よそ者を排斥する元気はなく、都会からの移住者は村の活性化のために必要だ、と多くの人が思うようになった。また、インターネットの普及は情報の格差を一気になくし、田舎に住んでいても都会とそう変わりなく買い物や仕事ができるようになってもいる。田舎暮らしを取り巻く環境は大きく変化しているのである。
私は、団塊の世代の定年問題を契機に、もっと幅広い年齢層の人が、大挙して都会から田舎に移住してくれることを望んでいる。そのことによって、失われつつある田舎の自然が再生し、使われなくなった農地が復活し、日本の古い村落意識に都会の風を吹き込むことでより風通しのよいコミュニティーが生まれることを期待して。
とりあえずこの夏は、田舎のきれいな空気の中で、採れたての野菜を味わってみることからはじめてはどうだろうか。
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