
やめたいと思ったことはあるが、「始めたからにはやめられない」と互いに励まし合ってきた |
借りている農地の脇に昨夏、とうとう念願のわが家を建てた。新規就農して7年目、ようやく一軒の農家としての土台ができたと実感する節目になった。
土田政広さん(39歳)、紀子さん(36歳)夫妻は、北秋田市で野菜栽培と比内地鶏の飼育を行っている。70坪のハウス8棟と5反の露地でつくる野菜は、すべて直売とネット販売のため少量多品目。有機肥料を施し、農薬はほとんど使わない。
移住して10年目の今年、3歳で秋田に来た上の娘が中学校に、就農後に生まれた下の娘が小学校にそれぞれ入学した。
「目標だった家が建ち、ここまできたから今の生活は楽しいといえるけど」と、苦労の連続だった日々を思い出しつつ、夫妻は「深く考えていたら農業をやろうなんて思わなかった。正直なめていた」と就農当時を振り返る。
政広さんは福島県いわき市、紀子さんは秋田市の非農家出身。いわき市の化学工場で知り合い結婚した。職場も社宅も工業団地の中。「定年後は農業でも」という思いはあったが、偶然Aターン(秋田県へのIターン)広告を見て「どうせやるなら若いうちに」と、その気になった。

シールや売り場の札に
紀子さんのアイデアとセンスが光る |
研修制度と受け入れ体制で
就農地域を選択
「女房のほうが積極的で、おれは福島出身なのに、秋田に決まってしまった」と政広さんは冗談めかすが、@2年間しっかり研修できる、A県の研修奨励金が受けられる、など秋田県農業政策課(現農林政策課)に説明された研修制度が充実していたことが、秋田移住の決め手となった。
研修先の(有)大野台グリーンファームは旧合川町に所在。町が新規就農者の受け入れに好意的だったことも、夫妻の背中を押した。
研修後の2000年、町と県のサポートで研修先の近くに農地を確保し、就農。準備資金借入も順調に運んだ。
就農したばかりのころは、出荷用ホウレンソウが主。収量が安定せず、売り上げの見込みが立たなかった。
「運はよかったと思う。PTA仲間の比内地鶏農家が、『ホウレンソウだけじゃ食えないから鶏をやれ』と勧めてくれて、売り上げの計算ができるようになった」
付近のAコープに産直コーナーができたのもそのころ。紀子さんのセンスと、珍しい野菜にチャレンジする探究心が直売にマッチ。市場出荷用ホウレンソウから直売用野菜へと重心を移していった。

よく手入れされた畑。紀子さんが導入したことで秋田に定着した京野菜もある |
新規就農者ならではの
苦労、努力、そして成功の鍵
「経営が安定してきたのは、3、4年くらい前から。それまで、どれだけバイトでしのいだことか」と夫妻は顔を見合わせる。土づくりができるまでの2年はまともに収穫できず、ハウス4棟のホウレンソウが全滅、という危機もあった。
深夜2時に家を出て、秋田市の市民市場外の路上に野菜を並べたこともある。しかし、捨てる神あれば拾う神あり。農薬と化学肥料を使わない土田さんの野菜は、いつしか市場内の業者の目にとまり、夏場は毎日宅配便で野菜を卸す取引にまで発展した。「従来にない、新規就農者の発想と努力で、今の経営スタイルは築かれた」と紀子さんは考えている。
今後の課題は、規模を拡大せずにもっと稼ぐこと。大金が動く分、リスクも大きい鶏は、現在の1600羽程度を維持。
「農業でお金を稼ぐのは大変。でも、やる気と努力があればなんとかなる」と、夫妻は後続にメッセージを送る。
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