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大規模農場を動かす
新進女性農業経営者
滋賀県湖北町 有限会社ニューファームSAYURI
田中 小有里さん

町のみんなに愛されるマドンナ的存在。泥まみれにならない農作業を自ら実践
泥まみれのイメージを壊したい
  滋賀県の琵琶湖北部、湖北町にある(有)ニューファームSAYURI取締役の田中小有里さん(28歳)。ピンクのウエアを身にまとい、キャップにスリムジーンズという装いは、そのまま街でのショッピングにも通用しそうな服装だ。
  「いかにも農作業スタイル≠ンたいな格好でない、普通の服装にしています。汚いとか、きついとか、農業の泥まみれのイメージをなくしたいんです」
  日焼け止めクリームを塗ってUVケアもばっちり。色白の姿を見ると、ほかの職業に就く女性となんら変わりがない。休日には名古屋や京都に足をのばして、好きなブランドの洋服を買いに行く。
  「休みの日も田んぼのことが気にかかるんですよ。だから、わざわざ県外まで出かける。『こんなに遠くに来たなら天気も違うから考えても仕方ない』て、あきらめて買い物に集中できるから(笑)」
  田んぼの話になると、すっかり経営者の顔付きに。水稲54ヘクタール、小麦30ヘクタール、大豆32ヘクタール、合計116ヘクタールという大規模農場を切り盛りする若き女性農業者として、すでに自分の#_場という意識が確立されている。しかし、就農前はサラリーマン家庭で育った普通の女の子だった。

琵琶湖周辺は一大農業地帯。広々とした水田が広がる

「後を継いでくれ」と頼まれて
  田中さんは隣接する長浜市出身。現在、代表取締役を務める木津治さん(74歳)と彼女の母親は知り合いで、中学3年の夏休み、湖北町の木津農園へアルバイトに来たのが、二人の最初の出合いだ。
  初めは草刈りなどの軽作業から、慣れてきたら田植えの助手まで、5月の連休や夏休みは必ず農園へ顔を出した。当時の彼女を木津さんは「とにかく飲み込みが早いというか、勘がいい子やった」と評する。しかし、このころはまだ農業を「バイト仕事」ととらえていた。中学から大学時代まで通い続けたのも、ほかのバイトより時給がよかったからだ。
  ところが大学2年、20歳のときに転機が訪れる。木津さんから「おれの後継者になってくれないか」と誘われた。彼の子どもたちは皆、ほかの職業に就いているからだ。「継いだ後、つぶしてしまってもかまわないから」という木津さんの言葉に、逆にチャレンジ精神が沸き起こり、「はい、やります!」と快諾した。


農作業の合間でもひっきりなしに携帯が鳴る。取締役として忙しい毎日

  それから大学近くの下宿を引き払い、卒業までの2年間は、実家から通学しながら農作業を覚えた。それまでバイト扱いでやさしくされていた田中さんは、木津さんのスパルタ式の指導を受ける。
  「そりゃあ、経営継承者となればバイトとちゃう。仕事を丸投げしたんも、肌で感じて、経験で覚えてもらうためや」と木津さん。機械の操作を間違えば怒声を浴びせ、厳しく指導した。それでも「1いえば10わかるように、こっちがなにを望んでいるかすぐわかる」勘のよさは相変わらずで、田中さんはめきめきと農業者として成長していった。そして大学を卒業した23歳の年に、本格的に就農した。


木津治さん(中央)と従業員の杉本一義さん(左)と休憩タイム

女性の就農者が増えてほしい
  新規就農する場合、野菜や果樹などは小面積でも一定の収入が得られ、参入しやすいイメージがある。一方、水稲は生計を立てられるほどの農地の確保や、大型機械の用意が難しく、複合経営は別として、専業経営を考える就農者は少ない。
  「水稲は大変そうやなぁといわれるけど、実は女性が一番参入しやすいと思うんですよね。機械化が進んでいて近代的やし、ほかの作物に比べたら農薬の量が少ないんで出産や育児にかかわる女性でも安心ですよ」
  それでも男性と同じようにやりたいと、華奢な腕で30sの米袋を軽々と持ち上げ、大きなトラクターを軽快に転がす。負けず嫌いと称する彼女の本領発揮だ。
  「信頼度を高めていって、女性でも田んぼを任せてだいじょうぶやといわれたい。女性の就農者が増えてほしいんです」


社名の「SAYURI」のピンク色が目立つ社屋兼倉庫

 そうはいっても、最初から周辺の農家に認められたわけではない。就農当初は「ちゃんと、できんのか?」「すぐ辞めるんちゃうんか?」と、周囲の人たちに心配された。だが、彼女の懸命な農作業姿に心を動かされ、集落の人たちは働き手の高齢化で耕作が難しくなった田んぼを任すようになる。さらに、きれいに管理された田んぼを見て、また一人、また一人と任せる人が増え続け、現在の大規模な農地面積になったという。
  「実際の利益につながる作業じゃなくても、ほ場は常にきれいにしておく。それは『あの人なら安心して任せられる』といわれるための気配りなんです」
  そして2006年4月、田中さんの名前を冠した有限会社を設立。法人化にしたことで、さらに信用度が増し、農地の借り入れや、資金の調達、設備の投資などがスムーズに運ぶようになった。木津さんが代表取締役だが、いずれ退き、田中さんが社長になる予定だ。


無駄のない動作で田植え機の準備をする田中さん

町のみんなに愛される農園に
  農業者は農作業だけが仕事ではない。農協や行政との折衝などをこなすのも、取締役である田中さんの役目だ。そこでは父親よりも年齢の離れた人と渡り合い、きちんと意見も述べる。「最近の会合では、おれはマネージャーとして付いていってるだけ」と木津さんは笑う。
  そして木津さん直伝の「三方よし」の精神も発揮。「三方よし」とは、売り手よし、買い手よし、世間よしという近江商人の経営哲学。商いの理念として「当事者だけでなく、世間=社会にも還元して皆でもうけよう」という心意気で会社を経営している。ほかの農園を辞めたベテランの人を雇い直したり、地域の運動会があれば冷たい飲み物を差し入れしたり。この気配りが集落の人たちの心を動かした。「こんなにも人を大事にするんなら、この子はきっとわしらの田んぼも大事にしてくれるはずや」と。
  「地域に愛される農園づくりを目指したいんです。担い手として安心して田んぼを任せられる農業者になりたい。みんなでもうけて、みんな笑顔に。湖北町が明るい農村になるよう、がんばりたい」
  彼女は町を大家族のようにとらえ、女性特有の母なる愛≠注ぎ続ける。

【No7(2007年秋号)掲載】
 
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