
金指社長(右)に「ネリ」の作業を教わる清水さん(左)。積まれた木片(写真手前)が接着剤で重ねる前のパーツ |
国指定の「伝統的工芸品」
箱根寄木細工
箱根町は、東京から西へ約80kmいった神奈川県と静岡県の県境にあり、十数の温泉が点在する、有名な観光地である。
(株)金指ウッドクラフト(金指勝悦代表取締役)は、町の玄関口である箱根湯本駅から箱根峠・芦ノ湖方面へと向かう箱根新道の真ん中に位置する畑宿にある。東海道五十三次の小田原宿と箱根宿の間にある畑宿は、もともと木材の産地で、江戸時代以前から木工を生業とする村人たちが多かったという。
ここで寄木細工が生まれたのは江戸後期。地場産業として栄え、徐々に衰退していったが、金指さんら木工職人の若手が先輩たちから学び、その技を受け継いできた。灯を絶やさずにきた結果、1984年に経済産業大臣により箱根寄木細工は「伝統的工芸品」に指定された。

寄木の枠のテレビ |
やる気と根性を認められて入社
国内唯一の寄木細工産地として知られる箱根・小田原地区。このエリアに木工業を営む工場は100以上、寄木細工だけでも何十種類もあるが、とくに畑宿は寄木細工の里≠ニして町営の「畑宿寄木会館」を構え、現在5軒の工場が切磋琢磨して技を磨いている。
高校まで新潟県柏崎市で育ち、東京の大学に入学した清水勇太さん(26歳)が畑宿を訪れたのは大学3年の冬。友人と旅行に来て、土産店で初めて寄木細工を目にした。「なんて不思議なものなんだろう」とずっと気になり、その2週間後に再訪、いきなり金指ウッドクラフトで「ぜひ工場を見学させてください」と頼み込む。当時体験はやっていなかったが、見学だけでなく体験もさせてもらった。
その後も金指ウッドクラフトのイベントが催される場所にこまめに顔を出す。
「遊びに来たふうを装いながら、実はアピールしにいってたんですよ」
こうして親しくなっていくうちに、大学4年の夏休みに、住み込みの1カ月のアルバイトを頼まれる。内容は、社員も音をあげるような、炎天下のなかでの片付け作業だ。低い場所にもぐり込むのは背が高いだけにきつく、酷暑のなかで黙々と作業を続ける姿に「本当に『こいつ、すごいなぁ』と思ったね。今の若いモンにしちゃあ、根性あるよ」と社長は感心した。
この底力が認められ、ついに「とりあえず、卒業したら来てみたら」と社長から声をかけられた。

金指社長の作品(写真上)と、清水さんの作品(写真下)
寄木細工とは、違う色の木を寄せ合わせて模様をつくり、その無垢のブロックを薄く削って製品に貼り付ける「貼り」を指す。ただし、金指さんの手法はこのブロックをそのまま独自の技術で削って1個の立体製品(無垢)にするので、大量生産できないという。清水さんの作品もこの手法による |
職人気質と雰囲気のいい職場
入社してから一番最初に覚えたのは「ネリ」という作業。同じ大きさの木片(パーツ)を並べて木工用ボンドを塗り、積み重ねていく(積層)作業だ。
「モノをつくることは楽しいので、まったく苦労は感じませんね。大学時代にベーグル専門店でアルバイトしていたんですよ。きれいな形につくりあげることが楽しくて。職人気質がある自分に、そのとき気付いたのかもしれません」
そして、ガラス越しにお客さんが寄ってくるベーグル専門店と同様に、この仕事も思いのほか、お客さんと触れあう機会が多いことを知った。
「ショップに卸したり、デパートの催しで小売りをしたり、けっこう販売の部分も楽しいんですよ。職人は販売の現場とは無縁の感じがしますが、僕はかえって販売も経験できてうれしいんです」
一方、技術はというと、現在5年目を迎え、着々と実力を付けてきている。06年全国「木のクラフトコンペ」では特別賞を受賞した。社長の「毎日楽しく続けられるヤツがうまくなるんだよ」という言葉を裏付ける功績だ。
では、ほかの社員の人たちにはどのように見ているのだろうか。
「この会社が初めての社会経験なわけだから、最初は『生意気だ!』といわれる場面も多かったですよ(笑)。でも、そのときに思ったことをいいあって、翌日にはお互いにケロリ。いまでは衝突が多かった分、工場の人とは仲良くやれていて、職場の雰囲気はとてもいいです」
職人の仕事場だからこそ、こだわりが強くて熱くなることもあれば、同じ技を極める者同士として無言でもわかりあえることがあるのだろう。

小田原・箱根地域の寄木細工の将来を担う若手職人5人のグループ「雑木囃子」。左が清水さん。互いに切磋琢磨し、毎年、新作発表の展示会を開催している |
地元に根付いていつか独立を
大学4年の夏休みに住み込んだ家に、現在も住んでいる清水さん。移住して最初の社長命令は「消防団に入れ!」。これがきっかけで、地域の住民に顔と名前を覚えてもらった。
「消防団って助ける側のイメージだけど、じつは助けてもらってばかり。飲みに連れていってもらったり、夕飯のおかずをおすそわけしてもらったり」
もちろん、寄木組合や、箱根物産連合会の人たちにも可愛がられている。社長の築いた地盤があるおかげで、地元の人間でなくとも「金指さんの所の人なら…」とすんなり信頼を得ることができた。職人同士の結束は固いが閉鎖的でなく、風通しがいい産地だと社長はいう。
「職人の世界の『盗む』って言葉は好きじゃない。聞けばいいんだ。おれだけでなく、地元の現役職人が元気なうちになんでも教わればいい」と金指さん。寄木を継いでくれる人がいるのはうれしいが、伝統はただ受け継ぐだけではだめだと熱く語る。「こいつは聞く耳をもっているんだよ。いままで職人でメモをとるヤツなんかいなかったからな。そして長所は考える能力があること」と誇らしげだ。
畑宿は、伝統工芸である寄木細工の保護・育成のために、特別工業地区に指定されている。寄木細工の作業は騒音が出るため、これから新たに工場をつくる場合は、この畑宿地区にしか建てられない決まりがある。寄木細工で独立するなら、この地区以外では無理ということだ。
「この土地の人を好きになったから、独立するならここしか考えられません。観光客と接する機会の多い箱根の土地柄をいかし、たくさんの人の思い出≠フ一端を担いたい。寄木細工は僕のコミュニケーションツールですから」
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