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「人類の生命維持装置=農業」に
「環業革命」を興すべき時だ
山根 一眞
 「農業」は英語で「agriculture」と書く。これは「agri」と「culture」の合成語。「agri」はラテン語の「ager」の複数形「 agri」が語源で、意味は「原野」「土地」だ。一方、「culture」は「文化」と訳されるが、その語源はラテン語の「cultura」(耕す)だ。
  人類は森林を伐採して耕地を作り、そこで農業を営むことで、安定的に食糧を得て生命の持続を可能にし、今日の繁栄を手にした。生命の維持を狩猟採集に頼っていただけでは、今の人類の繁栄は得られなかっただろう。だからこそ、その「農業」という人類の営みの努力で築いてきた世界を「文化=culture」と呼ぶようになったのだろう。
  漁業は自然生命資源の「狩猟採集」という略奪に頼っている部分が多いし、林業も熱帯雨林の伐採利用のように自然略奪がまだ続いている。漁業では養殖などを「農業型」と呼び、また林業での「植林」も「農業型」であることを思うと、人類が続けてきた「農業」は人類の生命維持行為としてきわめて進んだものということができる。という農業だが、必ずしも望ましい文化を築いてきたわけではない。
  私たちの文明が大きな変換点を迎えたのは18〜19世紀の産業革命だ。石炭という化石燃料をエネルギー源に鉄を効率的に作り、その鉄で作る機械によって人力に頼っていた仕事の機械化を果たした。工場に置かれた大型の蒸気機関は3000人分の仕事をこなし、精密な紡織機械は繊維製品の大量生産を実現した。その繊維製品によって世界を巻き込む商品取引市場が生まれ、資本主義経済が誕生する。モノだけで動いていた経済がカネで動く世界を作り、都市という消費世界を拡大させていったのである。
  こういう工業化を支え、促進したのが農業だったことを忘れてはいけない。英国で繊維産業によって始まった産業革命を支えたものは、アメリカの綿花栽培だったからだ。1790年、アメリカ南部の綿花の生産高は4000バーレルにすぎなかったが、1880年には約380万バーレルに達している。アメリカは農業国として、工業先進国、英国に輸出する綿花で外貨を稼ぎ、国力を蓄えていったのである。このアメリカの富の源泉である綿花栽培という「農業」は、実は今日のアメリカ最大の社会問題をもたらすことになった。綿花栽培に従事したのは、アフリカから強制的に連れて来られた黒人奴隷だったからだ。その数は、1790年には約70万人だったが、1880年には400万人に達している。
  工業といえども原料は自然産品であり、農業は工業を支える大きな要素を占めている。だからこそ、農業はいつの時代にあっても工業の盛衰に振り回されてきたのである。今、農地で栽培するトウモロコシやサトウキビがバイオエタノールの原料としてもてはやされるようになり、食用のトウモロコシの生産が減少、畜産農家にとっては飼料の値上がりが直撃、食品の値上がりが著しい。本来、人が命を維持するために食べてきた農産物を、人の代わりにクルマに食わせるというねじれが起こってしまっている。これは、産業革命時代にカネ産みマシンと化した繊維産業にひきずられた綿花栽培と、どこか通じるものがある。そこに共通するものは、「工業が主で農業が従」という序列関係が続いているからではないかと思う。
  もちろん、より稼げる農業へ人々がなびくのは当然のことだが、利益だけを、成長のみを求める経済は地球温暖化という人類存亡の危機をもたらしたため、今、その流れを変えねばならない時代を迎えている。地球温暖化の進展は、食糧生産の大減産をもたらす。人類の生命維持装置としての農業は、他産業にふりまわされることのない、自立したありようが求められていると思う。
  なのに、日本の農業政策は明確な思想をもたぬままで、日本の食糧自給率は下降の一途をたどっている。自殺者まで出した農水大臣の連続辞任は、その象徴と思う。政策に振り回されることばかりの農業だが、「人類の生命維持装置」という原点に還れば、農業がすべき課題は山とある。農業政策はだらしなさすぎるが、工業の世界でも政策がよかったから日本が工業立国になれただけではない。それは、企業が、技術者たちが、たゆまぬ工夫や努力を積み重ねてきた結果なのである。政策が悪いというだけで逃げてはいけない。
  日本が食糧自給率100%になるにはどうすればいいのか、温暖化が著しく進展しても農業が「人類の生命維持装置」であり続けるにはどうすればいいのか、工業など他産業との望ましいコラボレーションはどうあるべきなのか。今、農業者の思いこそが日本人の、世界の人々の生命の盛衰を握っているのである。産業革命に匹敵する新しいエコ時代を考えた産業革命を、私は1997年に「環業革命」と命名したが、農業にこそこの「環業革命」を興してほしいと願っている。
−プロフィール−
やまね・かずま
ノンフィクション作家。1947年東京生まれ。獨協大学外国語学部卒業。環境問題を中心に世界各地で取材執筆を続け、温暖化危機を訴える講演は500回を超える。イリオモテヤマネコなど野生動物を通じて生物多様性を探る取材では、現地で功労勲章などを受章。週刊誌対談「メタルカラーの時代」では、日本のモノづくり技術者の貴重な証言記録を残し、東京クリエーション大賞で個人初の大賞を授賞した。著書に『環業革命』(講談社)、『メタルカラー烈伝 温暖化クライシス』(小学館)、『賢者のデジタル』(マガジンハウス)など多数。山根一眞オフィシャルサイト http://www.yamane-office.co.jp/
【No.7(2007年秋号)掲載】
 
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