
岩下一之信さんのもとで働きながら「独り立ち」を目指す |
熊本県阿蘇市波野地区は、阿蘇外輪山の高原に位置し、高冷地特有の気候を生かしたキャベツ、大豆、そば、大麦など露地栽培を中心とした農業が行われている。だが、離農や過疎が深刻化しているため、阿蘇市農政課は、2006年度から「阿蘇市地域雇用創造トライアル事業」を開始した。現地では、地元の「NPO法人阿蘇エコファーマーズセンター」(以下「阿蘇エコ」という)が窓口となり、人材募集のイベント開催や、地元農家とのマッチング事業を行っている。
万遊の旅の末に阿蘇へ移住
武田哲郎さん(56歳)は、3年前まで長野県松本市で、軽貨物運送業に従事していた。だが、家のローンも終わり、子どもたちも独立。「もうあくせくする仕事は辞めよう」と決意し、仕事を後輩たちに譲り、夫婦二人、車で「全国万遊の旅」に出た。
行く先々で、地元の人たちから「ここへ住まないか」「農業をやらないか」という声があがったが、移住を決意するには至らなかった。こうして旅も2年目。湧水で有名な阿蘇市の役犬原を通った時、「ここに住みたい」といい出したのは、妻の美雪さんだった。湧き水の豊富さと阿蘇の山並みの美しさにひかれ、自力で借家を見つけて移住を果たした。

万遊の旅の途中で「阿蘇に住みたい」と決めたのは、妻の美雪さんだった |
経済的に切羽詰まった状況ではなかったが、とりあえず地元のハローワークへ。武田さんは当時55歳で、思うような仕事の求人はなかった。「死ぬまで続けられる仕事はないか」と思った矢先、担当者が「こんな道もありますよ」と、「iju」のバックナンバーを見せてくれた。「そうか、農業か」。その時、初めて阿蘇市の「雇用創造トライアル事業」のことを知った。
1haの畑を借りて栽培
地元で実績をつくりたい
こうして武田さんは、阿蘇市の役場を経由して、阿蘇エコへ。どこでどんな形で働くのがいいのか担当者と相談し、模索するなかで、岩下一之信さんを紹介された。元村長で、波野地区に10haもの畑をもち、大麦や野菜・大豆を栽培している人だ。
地元の人たちや新規就農者の話を聞くうち、武田さんは「1年、この岩下さんのもとで一から農業を教えてもらおう」と決意する。岩下さんにお願いしたことは一つ。「畑の手伝いをし、自分のことを認めてもらった後には、農地を借してほしい。真剣に農業に取り組んでいるという実績をつくりたい。そのために給料はいりません」ということ。いずれ農業人として独り立ちして農地を借りる時、必要なのはお金より真剣に取り組んでいる姿勢と実績だと考えたからだ。

冷涼な気候の波野地区は畑作が中心。良質な大豆の産地として知られる(写真左)武田さんは、波野地区に1haの農地を借り、大豆作りに挑戦(写真右) |
それから1haの農地と岩下さんの機械を借り、加工用ほうれん草を栽培。師匠の岩下さんは、武田さんの仕事ぶりを「飲み込みも早いし、機械の修理もできるから優秀」と高く評価している。また、武田さんは岩下さんに連れられて、春の「野焼き」や夏の「草刈り」など、地域の共同作業に積極的に参加。着実に実績をつくっている。
「農業は地域のなかにとけ込んでいかないと成り立たない産業。まずは地元の住民たちのなかに入り、仲良くならなければできません」
現在、窓口である阿蘇エコは、就農希望者と受け入れ先をマッチングさせ、定住や就農に不可欠な人間関係づくりをサポートしている。事務局の吉村孫徳さんは、「移住や就農には、十人十色の形がある。それぞれの希望や適正に応じて、柔軟に対応していきたい」と話す。
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