
今年つくっているのは、カボチャやサツマイモなど、カフェのスイーツの材料となるもの。この秋から麦も栽培し、来年からはパンも自家産小麦で焼く予定だ |
「耕す」が移住の条件
農園と店と家を同時にかなえる
3年あまり前、武藤一樹さん(31歳)は、石川県金沢市のコーヒー専門店に勤めながら、自分の店を開業するための物件を探していた。カフェ用の建物はもちろん、5年ほどやってきた家庭菜園が続けられるやや広めの畑、さらに家族5人が暮らせる広めの家、この3つがそろう場所を求めていた。しかし、金沢のような地方都市でこの条件を一度に満たす物件を探すのは至難の技。かといって、3つが点在すれば移動費がかかる上、不便極まりない。「町中は無理でも、田舎ならあるかも…」と発想を転換した時、羽咋市の「空き農家・農地情報バンク制度」をインターネットで見つけた。
全国各地に空き農家バンクはあるが、羽咋市の大きな特徴は、家を借りる際に必ず農地とセットになっていること。家を借りるには、その農地を耕作し、農家になることが条件となっている。この地区は「羽咋のとっても簡単就農特区」(就農時の農地取得下限面積を10アールに緩和)に認定されている。農地保全がこの空き農家・農地情報バンク制度の大きな目的でもあるのだ。

庭にある畑では自家用野菜を栽培 |
移住前から寄り合いにも参加
本格的に菜園もやりたい武藤さんにとって、農地付きの家は魅力。さっそくバンクに登録し、当時住んでいた金沢市から羽咋市に通って候補物件を検討し始めた。
ちょうどそのころ、羽咋市神子原地区が動きを見せようとしていた。ここは中山間の豪雪地帯で、高齢化・後継者不足・離村という深刻な問題を抱えていた。そこで市は、同地区の不利な条件を逆手にとり、棚田米をブランド化。零細農家救済策、地域活性化策に打って出た。直売所を皮切りに、運営のための組織(株式会社神子の里)を地区住民で立ち上げようとしていた。
ここで武藤さんが神子原地区にとけ込む思いがけないチャンスが巡ってくる。「自分でつくったものを含め、地域の農産物を発信できるカフェをつくりたい。農家のおじさん、おばさんが長靴でコーヒーを飲みにきてくれるような、農村の声が聞こえる場所にしたい」という武藤さんの思いを聞いた市の担当者が、ちょうど進行中だった直売所建設計画のミーティングに参加してみては、と誘ってくれたのだ。
「寄り合いに混ぜてもらいつつ、地域の雰囲気や四季を体感できたことは、いまとても役に立っています」

菅池地区は、棚田が特徴の中山間地域。反収は少ないが、おいしいコメができる |
地域とのつながりを生き方の軸に
武藤さんが田舎に目を向けたのは、もう一つの理由があった。岐阜県岐阜市の出身とはいえ、版画家だった祖父は六男、自営業の父は次男で、自身も「地域」や「地元」意識があまり強くない環境で育った。しかし、金沢美術工芸大学で学生時代を過ごし、輪島市出身の妻・香織さん(30歳)と出合うなかで、地域との密接なつきあいを大切にする暮らし方に目覚めたという。
「もたざる者にとっては、とても新鮮でした。そしてこの能登で、地域のつながりを軸とした生き方をしていきたい」
そんな武藤さんの背中を押したのが、この地区に古くから伝わる、「烏帽子親子」だった。元服を迎えた子に自分の烏帽子を被せ、かりそめの親子関係を結ぶ。合戦の際には多くの子とともに戦場に向かうという、室町時代からの風習である。それが現在でも、市の行う「烏帽子親農家制度」という名で、都市住民の農業体験受け入れ態勢の土台として機能している。
「外から来る人も家族として受け入れる土壌・文化を感じ、『ここだ』と思った」

妻の香織さんと。移住後に生まれた長女の百花ちゃんは、まもなく1歳になる |
貸し手も借り手も双方にメリット
そして2006年12月、ついに神子原地区菅池町で意中の物件に巡り合い、契約にこぎつけた。庭を含め約40坪(1・3アール)の畑と田んぼ2枚が付き、家は囲炉裏もある築80年余りの建物だった。
携帯電話は「圏外」。周囲は「携帯電話も通じないようなところで…」と心配したが、「特徴のある店にするには、趣のある古民家で、不便なところのほうがいい」と説明した。
実は、契約を決めたこの月は3人目の出産予定月でもあった。早々に輪島から家族を呼び、お腹の大きな香織さん、2人の子どもたちとともに、菅池町内の家々へ挨拶回りをした。菅池地区の高齢化率は51%。久々に見る子どもの姿に、歓声があがった。
また、空き家の改修については、所有者が納得のいくよう、十分な話し合いを心がけた。思い入れのある場所に手を加える以上、双方に実利がないと、持続的な関係は作れない。そこを徹底的に確認し合った。
「そこが、空き農家バンクが一般の不動産屋と違うところじゃないかな」

武藤さんが店長を務める直売所 |
地域にとって価値のある人間に
カフェ開業の準備をする武藤さんに、もう一つの役割がめぐってきた。新しくできる直売所の店長への抜擢である。
自家焙煎コーヒーと自家製スイーツ・パンの店「神音カフェ」は、07年3月1日にオープンした。準備中から「半農半芸」のカフェとしてマスコミが多数取材に訪れた。さらに、同年夏に援農合宿で神子原地区に滞在した学生たちが住民と作った棚田巨大ひな段が話題を呼び、オープン初日からカフェは大変なにぎわいを見せた。
直売所も7月にオープンし、武藤さんは毎朝、畑仕事とカフェの掃除、パンやスイーツを作る香織さんのサポート、コーヒーの焙煎などをこなし、午前9時に直売所に出勤。午前中いっぱい店長の仕事をし、午後は1時30分からカフェを営業している。
「あんまり忙しくて、畑は草が伸び放題。歯がゆいですが、それでも直売所の仕事も大切にしたい。売る側にいながら、生産者に近い存在として、地域全体の農業のあり方を考えていけたらと思っています」
最後に、農村への移住を検討している人たちへのアドバイスを聞いてみた。
「その地域で価値のある人間になること。私は、とにかく体を動かします。その姿を、地域の人は見ていてくれますから」
|