
今井さん(写真右)と船主の大門さん(写真左)。2人で操業する大進丸の前で。研修後の収入は歩合制。もちろん研修時代より年収は上がった |
頼りにされる新規就業者
日本海に面した名立漁港。現在操業している漁船は7艘だ。そのうち4艘は底引き網漁の船で、今は主にタイが捕れる。そのほかに刺し網漁が2艘、そしてバイ貝のかご漁をする船が1艘ある。
今井靖さん(45歳)がバイかご漁の大進丸に乗り組んだのは3年半前。当初、彼のほかに3人いた乗組員は、高齢のため去年は2人に減り、とうとう今年3月からは船主の大門燈一さん(51歳)と2人だけで操業することになった。なので、笑顔のなかにも緊張感を漂わせる。
「早く覚えようと頑張ってきましたが、2人になった今は、初めての作業でもなんでも、やらないと仕事にならない」
40歳で一念発起、一生の仕事を
今井さんは東京都杉並区の生まれ、八王子市育ち。高校卒業後、写真の専門学校に通いスタジオに就職したが、職場の徒弟制度になじめず退職。その後、輸入家具の営業、建築設計、高速道路関連の仕事など、いくつかの職を経てきた。
40歳を目前にして、「どれも一生やる仕事じゃないなあ」とふと思った。キャンプが趣味で釣りも好きだった。「人生の最後にやるなら、第一次産業」と思いを定め、「コツコツやるのは性に合わない」と農業を除外。「漁業か林業か」の選択で迷いつつ、情報収集した。決め手は、看護師をしている妻のみどりさんの「住むなら雪深い山奥よりも、平らなところがいい」のひとことだった。
ちょうどそのころ、新潟県漁連のホームページで研修生の募集情報を見つけた。説明会に参加し、現場体験で初めて漁船に乗った。3カ月後、忘れかけたころ、大進丸から研修受け入れの通知がきた。
研修生はいつでも歓迎
今井さんが応募したのは、県漁連が県の委託事業として実施している「新潟県漁業技術習得支援事業」の漁業就業研修だ。当時、研修期間は1年で、指導者に対して指導料が支払われるほか、研修生本人にも生活資金用途に研修費貸付が行われていた(現在は、研修期間は半年で、研修費貸付はなくなった)。
昨年は、高卒の若者が底引き網漁船に乗船した。近隣には後継者が育っている漁協もある。「研修生はいつでも歓迎です。今井さんのようなしっかりした人が働いていると、港も活気づく。彼のあとに続く研修生がもっと増えてくれるといいですね」と、名立漁協の参事・池亀健一さんはうれしそうだ。
今までにない充実感
池亀さんは、「長くまじめに続けてくれる人が来てくれて、本当によかった」と、今井さんを高く評価する。船主の大門さんも「もうすっかり一人前。将来はひとり立ちして船主になってほしい」と期待をかける。ところが、「自分は漁師に向いていただけ」と当の本人は涼しい顔。
「漁業は『食う物を捕る』という、太古からのシンプルな生き方。わずらわしい付き合いもないし、漁師になって本当によかったと思っています」
それでも生活リズムに慣れるのには苦労した。バイかご漁は午前2時半に出漁する。360個のかごを引き上げ、新しくエサを仕込んだかごを沈sめる。休む間もなく立ち働いて、「メシは3分」。
漁を終えて午後2時ごろ港に戻るが、すぐに漁獲物の選別を行い、市場に出さねばならない。片付けを終えて帰れるのはやっと4時半だ。海況に左右されるので出漁できるのは1年の3分の1。しかも「出る、出ない」は直前に決まるので休みやバイトの計画は立てられない。それでも今までになかった充実した毎日。
「体の不調や疲労はあるけれど、予防に気をつけているんで、病気やケガで休んだことは1日もないです」
続けられる自信が、シンプルな生き方を、より輝かせている。 |