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千葉から鹿児島へ
生涯現役の仕事を求めて
鹿児島県志布志市 宮崎邦博さん

定植前のハウスに緑肥のソルゴーを鋤き込む

 鹿児島県の大隈半島北部に位置する志布志市では、太平洋を臨む温暖な気候を利用して、ピーマンの施設栽培が行われている。1972年に国の指定産地となり、80年には総栽培面積22ヘクタールを誇っていた。しかし、その後の栽培面積は減少の一途をたどり、指定産地の条件である10ヘクタールを割り込んでしまう。
  そこで志布志では、95年、新たな生産者の育成を目的に農業公社を設立。これまでに26戸50名がピーマン農家として独立を果たした。町村合併により、(財)志布志市農業公社となった現在も、11・12期生が、就農を目指して研修中だ。
  宮崎邦博さん(56歳)は、その8期生。妻のみつ江さんとともに、栽培に取り組んでいる。


妻・みつ江さんと、千葉県木更津市から志布志市へ移住
会社勤めの先が見えた50歳
生涯現役の仕事を

  以前は千葉県で電機メーカーの技術者として働いていた宮崎さん。50歳になった時、サラリーマンとして「先が見えた」と感じた。
  「これからは昇給も期待できないし、役職手当ても55歳で打ち切り。このまま会社に残ったり、別会社に移ったりするのではなく、生涯現役で働きたい」
  そこで頭に浮かんだのが「農業」だった。自宅に近い千葉県内の農家を訪ね、「日曜だけ、ボランティアで働きたい」とか、役場を訪ねて「空いた農地を貸してほしい」と頼んだが、研修先や就農先は思うように見つからなかった。

就農後も試行錯誤の連続。研究熱心な宮崎さん
  そこで県外の新規就農者の研修制度に目を向け、資料を取り寄せてみると、いずれも年齢の上限は「おおむね50歳まで」。当時、既に50歳に達していた宮崎さんは「農業をやりたければ、今動かなければ」と決意した。
  こうして絞り込んだのは、岡山、島根、鹿児島の3県。最初の2年間は月15万円の研修手当てを受けながら、農業技術を身に付けられる条件は、ほぼ一緒。そのなかで一番遠い鹿児島県を選んだのは、最も温暖で施設栽培に有利だから。とくに太平洋側に位置する志布志は、鹿児島県のなかで最も日照時間が長く、冬のピーマン栽培に適している。
  02年、池袋のサンシャインで開かれた、「新・農業人フェア」の相談会で鹿児島県のブースを訪れた時、産地指定を受けた志布志のピーマンは、価格的にも安定していて、素人でもやり方によっては成果の上がる作物だと知らされた。
  「現実性の高い志布志のピーマンなら自分にも勝負できる。そう感じました」


8月に種まきをしたピーマンの苗
独立採算制になった2年目
4度の台風に見舞われる

  最初の1年は、公社の研修農場で、実習を通してピーマンの施設栽培を学んだ。宮崎さんは8期生。30代、40代の2組の夫婦が同期生で、先に研修を終えた7期生が、作業のことや、志布志での暮らしについて相談に乗ってくれた。
  それまでは2年間の研修期間中、月15万円が支払われていた。ところが、8期生から「2年目から独立採算制にしてみては?」との話が持ち上がる。
  1年目同様、研修農場のハウスを使って栽培し、できたピーマンを地元の農協へ出荷。その売上げが収入になる。
  「できのよいピーマンを、自分で出荷できれば、努力しだいで収入が伸びる。それはありがたい」
  こうして始まった2年目。順調にいけば、月額15万円よりも、高い収入が見込めるはず。ところがその年の秋、志布志は4度の台風に見舞われた。
  初めの2回は、育苗期間中だったので、苗はハウスに守られ、なんとか無事だった。3番目の台風は、苗を本圃に移植した後にやってきた。
  「どうすればいい? 経験者に聞くと、『苗を倒すんだ』と」
  ハウスのビニールをはがし、苗が吹き飛ばされないように、横倒しにして上から防風ネットを被せる。作業は夜の11時過ぎまで続いた。
  「もし全滅して、収入の道が途絶えたら、どうすればいいのか……。あの年は10キロ痩せました。大変でしたけど、今思うといい経験になりました」
  こうして守った苗は、見事に実を付け、10アール当たり13.9トンの収穫を得た。


就農後も農業公社や地元の普及センターの職員が相談に乗ってくれる
反収を上げながら
ピーマンに付加価値を

  そして3年目、いよいよピーマン農家として独立。30アールの農地を農業公社の紹介により借りることができた。そこへハウスを建てるには、ハウスや暖房機の設置も含め、2000万円以上の資金が必要になる。研修を終えた就農者は、その必要資金の7割を「活動火山周辺地域防災営農対策事業(通称・桜島防災事業)」による補助金、残りの3割を農業近代化資金の借り入れで賄う。そんな制度的なバックアップがあるのも心強い。
  今年8月、研修期間を含め5年目を迎えた宮崎さんのハウスでは、次作のピーマンに向けて、苗作りが始まっていた。8月にまいた種が、9月には人のひざ丈ほどになる。宮崎さんをはじめ、農業公社の出身者には、地元の農家を超える成績を上げている人が多い。今年はどれだけ収穫できるか楽しみだ。
  宮崎さん自身、元々消費者だったこともあり、就農以来「できるだけ安心・安全な作物を」と考え、農薬の使用回数や量は極力減らしたいと考えてきた。だが、病気が発生し、散布をためらっているうちに、病気が広がったこともある。
  「それなら、ピーマンの木そのものを強く育てよう」と、さまざまな農法にチャレンジしてみるが、農業書に書いてあるとおりはいかないのが現実のよう。それでも試行錯誤を繰り返している。
  「緑肥のソルゴーを鋤き込んだところ。これで有機質を多く含んだ土になる」
  やはり基本は土づくりと、研究に余念がない。そして、今後のピーマンづくりのビジョンについて答えてくれた。
  「やり方は3つ。[1]規模拡大、[2]品質と反収のアップ、[3]無農薬有機栽培で付加価値を上げる。私は品質と反収を上げながら、付加価値を高めていきたい」
  50歳を超えてIターンし、ピーマン農家として独立を果たした宮崎さん。「生涯現役」の道は、まだまだ続く。

【No8(2007年冬号)掲載】
 
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