
穏やかな表情で語ってくれた楓和宏さん。家庭菜園ではプチトマト担当なのだとか |
彼女の後を追って、京都へ
「まだ付き合っていた時に、嫁さんが先に京都府の美山町森林組合に就職したんです。だから『これは後をついていかないとあかん』と思って移住しました」と、笑いながら経緯を語る楓和宏さん(33歳)。京北森林組合で働き始めて5年ほどになる。
楓さんは大阪府吹田市の出身。都会育ちだが人混みや満員電車が苦手で、自分は「田舎向きの人間」だと思っていた。
信州大学農学部応用科学科でバイオテクノロジーなどを学ぶが、性に合わず卒業後はフリーターに。一方、同大学の森林学科だった妻の絵美さん(27歳)は、美山町森林組合に就職が決まった。長野と京都の間は遠い。楓さんは思い切って後を追うことを決めた。

楓さんが勤務する京北森林組合 |
意外な部署への配属
移住した当初は、旧京北地方振興局で事務のアルバイトをしていた。だが雇用期間は半年。アルバイトが終わるころ、日ごろから絵美さんに林業の話を聞いていたこともあり、「林業もいいかな」と思った。振興局に出入りしている京北森林組合の職員とも顔なじみになっていたため、チャンスもあった。
「思い切って、知り合いの森林組合の職員に声をかけてみたんです。『森林組合に入りたいんですけど』って」
すると日を待たずに快い返事が。「なんとなく」で始めた林業。しかし森林組合で配属された先は意外な部署だった。

以前、楓さんが仕事をした現場。間隔が十分に空き、光が地面まで行き届いている |
木肌の美しさに魅せられて
楓さんが最初に配属されたのは、伐採した丸太の加工をする京北森林組合加工センター。仕事は、スギの樹皮を高圧の水で剥がす作業。
「大変でしたね。体に密着したつなぎのレインコートを着て、水圧で皮をむいていくんです。真冬なのに汗で全身ビッショリになりました。手もものすごく荒れましたよ」
だが、水圧によって荒れた茶色い樹皮がむけ、スギが白くなめらかに変わっていくさまに心を奪われた。
「なんともいえない静かな感動がありました」
スギの白く光る木肌を目の当たりにした。それが、この職を続けていこうという気持ちが固まった瞬間だった。

橋のデザインにもスギが採用されている。林業が盛んな証だ |
いつか自分の山がもてたら
その後は造林班へ異動になり、組合の勧めでチェーンソーなどの安全教育も受講。現在は、30代の同僚と3人一組になり、スギとヒノキの植林から伐採までを行っている。
休みの日には息子の千尋くん(4歳)と八雲くん(1歳)と遊んだり、山で採ってきたツルでかごを編んだり、製材所で余った板で棚をつくったりして過ごす。また、最近では畑を借り、夫婦共通の趣味として家庭菜園を始めた。一見、悠々自適な田舎暮らし。だが、田舎ならではの困惑もあるという。
「土地になじむまでには時間はかかりましたね。逆に、消防団や運動会のようなイベントの参加で忙しく、地域貢献への期待にプレッシャーを感じるときもあります。でも一番の悩みは、子どもが少ないこと。自然の中で育てられる良い部分はありますけど、子どもたちに同年代の遊び相手がほしい」
また、給与面で不安定な部分や、人によっては人間関係で悩む場合もあるという。林業に対するやる気や使命感だけをもってこの仕事に就く人はあまり続かないのではないかと楓さんは語る。

最初に配属された、京北森林組合加工センター。この場所でスギの丸太やヒノキの製材を行っている |
「日給制なので月に20日は働きたいところですが、朝、雨が降るとその日はもう仕事になりません。ただ、野菜には困らないので自給自足に近いことはできますよ。だから、田舎暮らしを楽しみたくてやってくる人のほうが続くかなあ。自分にも使命感はなくもないけれど」
ではその使命感とはなにか。それは「できるだけその山主さんの希望に沿った山にする」ということ。山林所有者である山主さんの思い入れの強さで良い山になっていくかどうかが決まるからだ。造林班に所属する楓さんには直接山主さんと話す機会はない。事務方の人間を通してどのような作業をしてほしいかを聞くだけだ。だが、間伐の間隔の広さ、枝打ちの具合…過去の管理の痕跡を見るだけで、山にかける情熱が伝わってくるという。林業が盛んなこの地には、まだ山に愛情を注いでいる山主さんが多い。技術はまだまだ未熟だが、できるだけそれに応えていきたいと楓さんは思っている。
「いつか、自分の山がもてたらそれを好きなように管理していきたい。最近は山を譲ってもいいという山主さんも出てきているようですし。後は……チャンスとお金ですね(笑)」
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