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ストレスを癒してくれる愛する柑橘たち
中村顕治
photo 僕の冬はチョッピリ息苦しい。部屋が果樹でいっぱいになってしまうから。レモン、オレンジ、アセロラなど、40鉢ほどが12月から3月初めまで居座る。
  ときどき僕は笑われる。テレビでよく見る「片付けられない女」の男版じゃあないかと。そういえばそうだなあ。それでなくても、ふだんからチャボが出入りし、仏壇だの押入れだのに卵を産んでいく。産卵場所を作るため、まだ読んでいない新聞まで食いちぎる。パソコンの換気口はチャボが足につけてきた土でふさがりかけている。そこにこの植木鉢。

 オレはどうしてこんなふうになってしまったのか。園芸カタログの「NEW」という文字に今夜も、甘く、切なく、誘惑されつつ考える。そして思い当たる。柑橘苗のむちゃ買いはストレス解消かららしいと。
  女性は高級なバッグや靴を買うと気分がスカッとするのだと聞く。ああ、それってわかる気がする。通勤電車の痴漢や盗撮で捕まる男は「ストレスでついついやってしまいました」と供述するのだと聞く。それはちょっとまずいなと思うが、たしかに、発注した苗木が届いたその日の僕の気分はとてもいい。少々の悩みはいっとき消え去る。

photo 田舎暮らし、百姓暮らしにもストレスはある。新規就農はロマン先導で語られがちだが、ビジネスとしての側面もシビアに考えたい。僕の最大のストレスは在庫不足を生じさせてはいけないというプレッシャーだ。顧客の7割は10年以上続く定期客だが、あいにく品物がありませんとは絶対言えない。いかなる気象条件でも最低12種類を常に用意しておかねばならない。今後「移住」によって僕と同じ直販システムを考えている人は大いに心しておくべきことと思う。

 息を抜けない日々。ローテーションの問題もある。連作障害という要点を押さえつつ、限られた面積をフル回転させる。目新しい作物を取り入れ(昨年はフェイジョアが好評だった)、目玉商品も作る。顧客を飽きさせない工夫を常にする。この写真のように無加温でなんとか冬のイチゴを作ろうとするのもその一環だ。
photo  これに続くストレスは天候だろう。これまた直販システムと関連するが、いかなる天候でも約束した荷物は発送せねばならない。台風であれ雪であれ雨であれ。それが知らず知らずストレスとしてたまる。夕暮れの酒がとりあえずの癒しとはなるが、いっときの酔いではなく、将来への望みみたいなものを目に見える形で抱きつつ癒されたい。それがどうやら僕のレモン、オレンジであるらしい。

 新年を迎えた朝、雑煮もほどほどに僕は畑を廻る。別に元旦でなくてもよさそうだが、「新春」という言葉に心が揺さぶられ、いつしか春の作付けを頭の中でデザインしている。気がつけば正月早々働いている。だから僕は在来の農家の人にも笑われる。「片付けられない男」が「正月も休まない男」になったぞと。

photo ストレス解消に無理やり付き合わされる果樹たちにはすまない。自分で勝手にやっておいて部屋が息苦しいと言っては穏やかなオレンジだって怒るだろう。だが年中追いまくられる百姓のストレスをかなり軽減してくれることは間違いない。外がキリキリ冷え込む大寒の頃、暖房が効いた部屋でする常緑果樹やシイタケとのひそやかな「同棲生活」。それは息苦しいが楽しい、矛盾した暮らしである。

−プロフィール−
【なかむら・けんじ】昭和22年山口県生まれ。33歳で築50年の農家跡に移住。現在は千葉県八街市在住。典型的な多品種少量栽培を実践。チャボを庭に放任飼育する。
【No9(2008年春号)掲載】
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