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60歳から新人漁師
定年帰漁で生涯現役
茨城県日立市 河原子漁業協同組合所属
平成丸 樫村 馨さん


平成になって間もなく新造したことから命名した「平成丸」
 
農業では60歳を過ぎて新規就業を目指す人が増加し、「定年帰農」の言葉も定着している。
  この漁業版である「定年帰漁」に取り組んできたのが茨城県の河原子漁協。10年以上前から定年退職後のサラリーマンを漁師として迎え入れている。

日立製作所を定年退職後、漁師へ
  漁師歴12年の樫村馨さん(72歳)の朝は、気象予報への電話から始まる。水戸地方気象台が出す風向きや潮位を聞いたら、車で3分の漁港へ向かい、自分の目で海の状況を確かめる。海での仕事は一つ読み違えると命取りになるからだ。
  「よし、今日は漁に出られる」
  判断が付いたら、いざ太平洋へ。平成丸(1.9トン)のエンジンが港に鳴り響く。GPS(全地球測位システム)魚群探知機を頼りに5時間ほどの漁で、約3kgの大物を含むヒラメが2匹とヒラマサが2匹。13時から開始したセリにかけて、今日は締めて2万円の値が付いた。

常磐の寒ビラメ
  「ヒラメは年中釣れるけど、冬場の寒ビラメはとくに脂が乗ってうまい。常磐の寒ビラメといえば食通もうなるほどなんだよ」と本日の収獲に満足気な様子だ。
  日立市出身の樫村さんは日立製作所の社員として42年間、工場の安全管理や技能教育に携わってきた。釣りが好きで休日は毎週のように沖へ出かけ、20代後半には既に自分の船をもっていた。
  釣りを職業として意識したのは定年退職を控えた57歳の時。「第二の人生は自然のなかで働きたい」と思い、漁師になることを決めた。決めたとはいっても、漁師になるためには漁協の理事会の承認を得て、組合員にならなければならない。樫村さんは定年後漁師になることを前提に、河原子漁協の正組合員の前段階である准組合員の資格申請をし、理事会の承認を得た。現職のサラリーマンでありながら河原子漁協に入ることができたのは、河原子のレジャー船団体である黒潮会のメンバーだったからだ。


ヒラメのほかタコもうまい常磐沖。さくらダコは「日立市のさかな」に指定されている
組合員の半数が定年帰漁組
  河原子港では、従来レジャー船を港に係留する際、個人で漁協に許可申請をしていた。だが、漁協としては、個人単位でバラバラと来られるより組織としてまとまってくれていたほうがなにかと都合がいい。そこで発足したのが黒潮会。
  やがて、メンバーのなかから定年退職後に漁師になりたいという希望者が出てくる。漁協は一見無理そうなこの希望を受け入れた。その理由を、河原子漁協の関二三組合長は「組合員を補充しなければならなかったから」と説明した後、こう続けた。
  「うちの息子もそうだけど、いまは親の後を継いで漁師になろうという人が少ない。若い人は皆、陸の仕事に就いてしまって漁師なんて見向きもしない。組合員が減少していくなかで、組合存続に必要な法定組合員数を確保するのが徐々に難しくなっていたんだよ」
  存続のため若者だけをあてにできないという状況ではあったが、だからといって誰でもいいわけではない。その点、黒潮会とは30年来の交流があり、メンバーに対する信頼もある。漁協では、黒潮会のメンバーが正組合員になるには、準備期間を経ること、定年退職後であることなどを条件に承認した。
  樫村さんはその第2号。いまでは正組合員20名のうち10名が定年帰漁組で、構成比はちょうど半数ずつとなっている。定年帰漁組と、もとからの漁師では、考え方も生活スタイルも正反対といえるほど異なるが、理事会や総会など話し合いの場を持ちながら、ルールをつくって良い協調関係を保っているという。
  漁協の理事も務める樫村さんは「海で仕事をしている以上、皆、どこかで助け合っているものなんだよ」と説く。


一本釣り用の小型船が整然と並んだ河原子港
漁業を通じて社会と接していたい
  この辺りの海では、アワビやワカメなどを捕る根付漁業もできるが、定年帰漁組のほとんどが一本釣り専門。一本釣りなら、ほかの漁のように水揚げ作業で奥さんの手を借りる必要がないからだ。
  一本釣りは魚を傷めにくいため、網よりも取引価格が高く、水揚げ金額は多い人で年間150万円。このうち操業費用が50万円ほどかかるので漁業の収入だけでは暮らしていけないが、年金とセットでなら余裕をもてる。
  「漁師をやるのは、生活費を稼ぎだすためではなく、社会と接していたいから」と語る樫村さん。「でも、仲間よりたくさん捕りたいという競争心はもっているんですよ」と柔和な顔からは思いもよらない言葉を口にする。古希を過ぎてもなお胸に抱く競争心が、生活に張りをもたらし、時には危険を伴う海に向かっていく原動力。どうしたら釣れるか、日夜研究を欠かさない。
  どんな時にやりがいを感じるかを問うと「あの魚うまかったよと、お客さんが喜んでくれる時」と相好を崩す。地元の魚が地元で食されていないことを憂い、今後は旅館と協力するなどして地元で食べてもらう機会をつくっていきたいと、将来の展望も描いている。
  「漁師仲間に92歳で素潜りのアワビ捕りをしている人がいるけど、私も90歳になっても元気で漁に出ていたいね」
  この浜の漁師に、他人が決めた定年はない。

茨城発、定年帰漁の勧め!
  「若者ばかりが担い手ではない、定年帰漁者をいかせ!」
  茨城県では「定年帰漁」に向けた取り組みの一環として、定年または退職後の就漁に関心のある人を対象に「定年者のための漁業体験講座」を開催している。
  講座はNPO法人「大洗海の大学」に委託して実施され、2006年9月は20名の定員に対し、その3倍を超える問い合わせがあった。そのため、2007年9月は定員を25名に増やして行われた。漁業の基礎知識を学ぶ座学のほか、漁業体験では3隻の船を出してシラス曳網に挑戦。参加者2名につき講師役の漁師が1名付いて、漁業の手ほどきがされた。講座内容は以下のとおり。


陸で網の構造を学ぶ模擬漁業体験(写真上)
実際の漁船に乗っての漁場体験(写真下)
1日目

・漁師への道、茨城県の漁業について
模擬漁業体験(陸上での網張り)
・漁業体験(シラス曳網漁業)

2日目
・漁師に聞く
・漁具・漁船の維持管理及び
ロープワーク
・海と漁業のルール
・フリーディスカッション


NPO 法人「大洗海の大学」のホームページ
NPO法人「大洗海の大学」
  2004年4月に開校したNPO法人「大洗海の大学」は、大洗の自然環境をフィールドにさまざまな体験活動を行っている。その使命は、大洗の海の文化を多くの人に知ってもらい、体験を通じて人々の交流を図っていくこと。「浜、風、波、渚、川、緑、釣」の一文字をつけた7学部25学科の教室を展開している。「定年者のための漁業体験講座」は波学部漁師学科の位置づけ。今年も昨年と同時期に開催予定で、日程が決まれば下記のホームページに掲載される。
  URL http://www.anco-oarai.org/
【No9(2008年春号)掲載】
 
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