|

木工用の鉋はすべて手づくり。木地を挽くための第一歩は、自分用の鉋を自身で製作するところから始まる |
1997年、山中漆器の技術を後世に伝えるための研究機関、石川県挽物轆轤技術研修所が開設された。
水口晋輔さん(29歳)と、奥の(旧姓)麻衣子さん(31歳)が入学したのは2000年。二人は研修所で出合った。
金沢市内に実家のある晋輔さんは、高校卒業後にアルバイトをして暮らしていた。「なにかモノをつくりたい」と、研修所を訪ねたのが20歳のとき。造形の研修所が山中温泉にあると人づてに聞き、見学に訪れた。町の雰囲気も、研修所の先輩たちの感じもよかったので、すぐに出願書を提出し、21歳で入学した。
一方、麻衣子さんは大阪府茨木市で育ち、京都にある成安造形短期大学に進学。卒業後、カタログ制作を行う事務所に就職したが、22歳で退職。ちょうどそのころ、大阪の百貨店で開催していた「人間国宝展」で、川北良造氏の作品に出合う。
「川北先生の作品を見て、ひたすら感動したんです。その展示会が、私の人生のターニングポイントになりましたね。これがきっかけで、『絶対に職人になろう』という意志が固まりました」
それから敬愛する川北氏が所長を務める研修所の存在を知り、思い切って石川で暮らす決意をし、その年度に受験した。

力強い動作で木地を挽く麻衣子さん。その集中力はさすが |
次代の技術者を育てるために
研修所に入学して1年目。まずは、自分用の道具づくりから習う。道具とは、鉋のこと。鉋というと大工さんが木材を削るものを想像しがちだが、木地を挽く専用の鉋は、フックのように「くの字」型になった刃物を指す。丸い鉄の棒を熱して金槌で打つ、いわゆる鍛冶屋のような作業で鉋の先をとがらせなければならない。でも、鉋がつくれないと、なにも始まらないと麻衣子さんはいう。
「小柄な女性の場合は金槌がちゃんと振り下ろせるのかと、先生たちが心配するような作業。力もいりますが、思ったような形に打ち鍛える技術が必要なんです。自分のろくろの挽き方にあわせて、鉋の先端の形を微調整できないと」
そうやって完成させた鉋を使い、次はろくろの挽き方を覚える。晋輔さんは、研修所の講師についてこう語った。
「先生方は、手取り足取り教えてくれて、技術も知識のことも、なんでも相談に乗ってくれました。とにかく『優しい』という印象でした」
この伝統工芸を発展させていく次代の若き技術者候補を、根気よく、丁寧に教えていこうとする研修所の姿勢が、そこに表れているといえるだろう。技術習得以外に、お茶やお花の授業もある。漆器を扱うシーンの作法を覚えることで、使う人の気持ちにたって作品がつくれるようにする狙いだ。専門コースのころから卒業後1年間、別々の親方(地元の技術者)に付いて学んだ。より実践的なことを身近で見て、肌で感じたいという思いは一緒だった。このころから、同じ「独立」という目標をもつ互いの存在を意識するようになり、それぞれ親方のもとで1年間修業をした後、二人はめでたく結婚した。

麻衣子さんの個展作品「小筥シリーズ」。蓋付きの漆器小物で、斬新なデザインが人気の秘密 |
タイプの違う技術者だから
05年に結婚し、二人で独立するために工房の場所を探して回った。そこに、「いい物件がある」と彼の家族から情報が。実家がある湯涌温泉近くに、陶芸作家が納屋を改装して工房に使っていた元農家の空き家があるという知らせだった。
納屋の農具はあらかた片付いていたし、実家が近いと安心なので、二人はそこを工房兼新居に決めた。引っ越し後に晋輔さんが納屋の床にコンクリートをひいたり、電気を設置したり、自分たちの工房として使いやすいように改造した。
しかし、同じ工房を使うようになって、木工と漆器に関する考え方が異なることに、初めて二人は気づいた。
研修所の先生の紹介で、山中地域のほうから仕事を受注したり、漆作家からの注文で木地を挽いたりする晋輔さん。
「注文どおり、寸分違わずつくりあげること。それが自分の性に合ってます。漆を塗るより、木地を挽くほうがいい」

元農家の納屋を改装した工房にて。隣接の土蔵を木材の乾燥スペースとして使うなど、有効活用している |
一方、麻衣子さんは、07年11月に兵庫県芦屋市で個展を開いた。高岡クラフト展で入選したのがきっかけで、ギャラリーから声をかけられたのだという。
「オリジナルの作品制作をライフワークにしたいんです。最近は、使い手の目線で器をつくることを考えてます」
職人肌の晋輔さんと、アーティストタイプの麻衣子さん。でも、「けんかはほとんどしない」と口をそろえる。互いにないものをもっているからこそ、尊敬もできるし、刺激しあえるのだ。麻衣子さんは「よく話し合うから、けんかにはなりませんね。その代わり、夫婦なのに、家庭内での二人の会話は専門的な木地と漆の話ばっかり」と笑う。
また、晋輔さんは「木の乾燥の仕方をはじめ、お互いが習った親方の手法や考えが違うから、それを教えあうだけでも、自分たちの技術の幅が広がるんです」と、うれしそうだ。

荒挽きは、木の動きを止めるための重要な工程。木材をろくろにかけ、仕上がり寸法より厚めに荒く木地を挽き、2カ月近く寝かせて乾燥させる

木の器の仕上げ。ろくろのクセをうまく使いこなし、止まる間際の惰性で細かい部分を削ったりする技も |
パートナーがいると心強い
だが、片方が勤め人でなく、二人とも自営業だということを不安に思うことは正直あると、麻衣子さんはいう。
「ある程度の覚悟は必要ですね。最初から収入は見込めないし。子どもがいま1歳半なんですが、自分たち以外に家族がいると考えさせられます。でも、自分の仕事をきちんとすれば、どんな形でも次につながるのが職人の仕事。受注仕事も、個展の作品づくりも、それは同じです」
そして、一家の大黒柱である晋輔さんは、逆のメリットもあると語る。
「二人とも職人で常に安定した収入は望めないし、心もとないこともあります。でも、二人だから頑張れるともいえます。同じ世界に生きているからこそ、助け合えることも多い。違う職業の相手なら、そこまで理解し合えないような気がします。パートナーがいるのは心強いですね」
|