
英治さんと妻のひろみさん |
日本三景の一つ、天橋立に近い栗田半島の北端にある田井漁港。静まりかえった早朝、ドッドッドッドッとエンジンの音をたてながら定置網船田井丸が戻ってきた。船が港に横付けされると、乗組員はすぐさま水揚げの作業にかかり、船の帰りを待っていた女性たちが選別の作業に入る。漁港が活気付く瞬間だ。
「網を引き揚げる瞬間は、いつもドキドキする」と話すのは、船長の井上英治さん(27歳)。昨年、船長に抜擢された。
「プレッシャーはないけど、年下がやってええんかな」
船に乗るのは11名。30〜50歳代の乗組員が大半を占めるなか、井上さんは最年少の部類に属する。
船を思いどおりに操るには経験が不可欠。風や潮の流れを読んで、定置網を仕掛けているポイントに船をぴたりと寄せなければならない。
「ずっと勉強。まだわからんことばっかりです」


田井漁港で働く人々 |
真摯な姿勢貫き、弱点克服
大阪府豊中市出身。幼稚園のころ、糸に空き瓶をくくり付けて池でメダカを捕ろうとしたのが初めての釣り体験という根っからの釣り好きだ。当初は川釣りが主だったが、魚を食べるのも好きなこともあり、やがて興味は海へと向いていく。中学生の時は、釣りのために遠く離れた海まで自転車で出かけていく少年だった。
「好きな海で仕事をしたい」との思いはこのころから強く、栗田半島の海沿いにある京都府立海洋高等学校に進学。卒業後の進路として、高校の近くにある栗田漁業生産組合田井事業所へ就職を決めた。当時、乗組員の半数近くが60歳を超え、後継者の育成が急務だった組合にとっては待望の若手だったが、井上さんには一つの秘密≠ェあった。
極度の船酔い体質だったのだ。

定置網にはサワラ、ハマチ、アジなどが入網する |
酔い止め薬はまったく効かない。どんな予防策も意味をなさず、「横になるのが一番」というほどの筋金入り。高校時代に就職を考えた際も、船酔いでは遠洋漁業への就職は無理と判断したほど。高校では公然の秘密だったが、就職して船に乗るとたちまち明るみになった。
「船酔いはきついし、やっぱり最初の1年はつらかった」
また漁師独特の風習≠ノもとまどった。
「酒は夜飲むもんだというイメージがあったが、漁が終わった後に朝から酒盛りが始まる。漁から帰ってきては飲むし、漁に出られない日もやっぱり飲む。これがエンドレスに続く」
酒も煙草もやらない青年にとっては、いきなりの洗礼。子どものころから憧れてきた職業だったが、地域にとけ込む難しさに直面した。
「魚捕って市場に出すだけだったらいいけれど、楽しいことばかりじゃない。沖に行って網が破れたらその場ですぐ直さなきゃならない。どんな魚でも触らなきゃならない。世の中の常識は捨てろ。自分の尺度でものを測るな、ということを痛感した」
厳しい状況だったが、一つ心がけていたのが「あいさつ」だった。誰かはわからなくてもとにかく自分からあいさつすることだけは続けた。

栗田半島にある獅子崎稲荷神社からは、天橋立が一望できる |
そんな真摯な姿勢を感じていたという一人が、船をともにする栗田漁業生産組合田井事業所の石田幸生所長だ。
「とにかく海が好き、というのが伝わってくる子だったね。取り組みの姿勢が違う。わからないことはすぐ聞くし、教えればすぐに覚えた。仕事をようする。真面目にやっている。漁労長の候補生の一人ではあるな」と将来にも期待を寄せる。
井上さんが「朝やること、帰ってからやることがなんとかできるようになった」と思えたのは3年ほど経ってから。大漁だと「今日はようけおるなあ」と声のトーンが上がり、魚が少ない日は口数も少なくなる。いつしか船の一員として地域にとけ込んでいた。
船酔いの体質はいまも治ったわけではないが、「やっぱり慣れですね。いまでは気持ち悪いといいながら、飯バクバク食べてます」と笑う。

漁を終え、帰港した田井丸 |
海への尽きぬ愛情
数年前には港の近くに越し、漁業権を取得。宮津市漁協の組合員となって、中古の漁船も購入した。
定置網は午前中の出漁なので、午後は1人で船を出し、カゴ漁などを行っている。そんななかでも、趣味ともいえるほど楽しみにしているのが、夏場に行う潜水漁。体力の続く限り潜っては岩ガキやアワビ、サザエなどを捕る。
「海は、季節ごとに違った魚が見られる水族館みたい」
海への愛情は尽きることがない。
だが、そんな海も「ここ数年で大きな変化に見舞われた」と語る。
温暖化が原因と思われる影響は、ここ田井漁港でも例外ではない。かつて漁獲物はカタクチイワシが7割近くを占めていたが、3年ほど前から半数近くにまで激減。夏の漁獲量が減り、逆に冬場の漁獲が増えるという現象も起きている。内湾的な海域に属する栗田半島は、比較的漁獲量も安定しており、恵まれているほうではあるが、今後は次世代に向けて豊かな海を残していくことも漁協の大きな役割であると自覚している。
20歳の時に結婚し、いまや3児の父。愛海ちゃん、海斗くん、海月くん。子どもたちの名前には、必ず「海」の字を入れた。自分と同じように海が好きな子に育ってくれたら。そんな思いを込めた。
「せっかくなので、(漁師が)一代で終わったら寂しい。いつか子どもが自分の後を継いでくれるようになればうれしい」
ひそかな夢が、ちらりとのぞいた。 |