
7 棟(約1200m2)のハウスで、メインのユリ(20 種)のほか、菊、ストック、トルコキキョウ、フリージアなど15 種類の花を通年で生産販売している |
千葉県南房総市 田中 正雄さん
55歳になったら、第二の人生を歩もうと決めていたという田中正雄さん(59歳)。選んだのは農業。しかも、元建設業勤務という“ハード”なイメージからは意外な、花づくりだった。
体験して確かめてみようと入校
「第二の人生」と一言でいっても、選択肢の幅は広い。田中さんを農業に向かわせたのは、住んでいた板橋区の区民農園での経験だった。
「15m2の畑でしたが、うまくできるとうれしいし、農薬等を使っていないから味もまた格別。農業もいいかなと」
思いを後押したのが、『百姓になりたい!』という、脱サラ新規就農者の本。「私にもできるかもしれないという気を起こさせてくれた」と同時に、就農準備校という農業を体験・研修できる場があることも教えてくれた。
当時の田中さんは54歳。心に決めたセカンドスタートまであと1年である。早速、サラリーマンを続けながら、入門コースと専門コースを受講した。
「この時点では、農業をやろうとの決意で受講したというより、どういうものか体験して確かめてみようという気持ち。なにしろ年齢が年齢ですから、やり直しはきかない。若い人のように勢いだけでは踏み込めません」
試した結果は◎。とくに、八ヶ岳での農業体験で、「自分に合っている。やっていけそう」と確信を得た。土に触れる心地よさ、農作業を終え、辺りを見回した時の自然に包まれている感覚。戻って飲むビールのおいしさ…。「人間本来の本能が呼び起こされるようで、気持ちが落ち着いた」という。
有機農業の講義で見えた方向性
就農準備校でのもう一つの経験が、花き農業の道へいざなった。それは、有機農業で著名な金子美登さんの講義。農業をやるなら食べ物をつくりたいと思っていたが、「有機・無農薬でやっていくには、最低10年はかかると聞いて、『もう間に合わない』とあきらめがついた。それがよかった」。55歳から始めても体力的に可能なのはなにかと考え、選んだのが、花。
「講義を聴いて、市場出荷より個人への直接販売のほうが現実的と考えました。そうなるとランかユリかなと」

田んぼでも菊や、お客さんからの要望でソラマメを栽培。
「おかげで今年はコメがつくれません」(笑) |
法人化し若者の選択肢を増やしたい
噴火後、三宅島から八丈島に移ってユリ栽培をしている農家に妻と二人で見学に行き、方向が定まった。就農準備校修了後は、神奈川県秦野市の先進農家で1年間農業研修し、技術を磨いた。だが、農地探しには苦戦した。
「都合、2年近く探しましたね。施設を建てるとなると、貸してくれるところを見つけるのは難しかった」
知人のつてで三芳村(現・南房総市)に土地を借り、本格就農したのが2005年夏。初年度売上は80万円だった。
幸い地元のスーパーや道の駅、JAの直売所等に卸すことができるようになり、2年目は415万円、07年は530万円と、売上は順当に伸びている。「収入を確保することが先決」と腹を括っているが、「個人向けに高級花を販売するスタイル」が目標だ。「まずは稼げる経営体に。いずれ法人化して後継者に手渡していきたい」と田中さん。「抑圧されたサラリーマンより、こういう暮らしがいいと思う若者は少なくない。そういう人の受け皿になれたら」と夢を描く。 |