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神山町で始めた農業ライフ いずれは独立も視野に

徳島県名西郡神山町 松村 静香さん
(35歳)農業歴:2年

福井県出身。体育大学を卒業後、中学校で体育の講師として勤務。その後は、国内・海外のさまざまな場所をめぐり、32歳の頃に神山町の㈱フードバンク・プロジェクトの門をたたく。

興味の持ったことに挑戦続ける
ついに見つけた一生の仕事

㈱フードハブ・プロジェクトで2年間の研修期間を終え、来年の独立に向けて着実に準備を進めている松村さん。現在は同社の社員として、果樹部門を担っている。キウイ、柑橘のスダチ、ゆこう(徳島県が全生産量の99%を占める)を約40a担当しており、独立後は同社からそのまま引き継ぐ予定だ。これに加えて、近隣の耕作放棄地約40aにキウイの苗を植え付け、将来的には約80aを経営することになる。

来年からは約80aを経営する予定

持ち前の人柄の良さから、地域の方の信頼も厚く神山町の一員として活躍している彼女だが、移住するまでには、やりたいことを追い求め、紆余曲折の日々を送っていたのだとか。

福井県出身の松村さんは、東京の体育大学を卒業後、中学校で体育の講師として勤務した。そんな中、以前から憧れのあった海外生活を経験したいと思い、オーストラリアのワーキングホリデーでレモン、イチゴ、ミカンの収穫の仕事に携わった。帰国後は、日本酒の蔵元で修行する一方、海外で経験した農作物に携わる仕事への興味も捨てきれず、香川県のミカン農園で約3ヶ月間働いた、神山町の食堂「かま屋」の評判を耳にしたのは、ちょうどその頃。美味しい料理に惹かれて神山町を訪れた松村さんは「かま屋」の経営をフードハブ・プロジェクトが行っていることを知る。

同社について調べてみると、農業生産、新規就農者の育成、食品の加工・販売など、幅広く活動しており、「この会社なら自分がやりたいことを全部できる!」と確信し、同社の求人に応募した。

農業に邁進する日々
神山町の次世代を担う農家へ

移住後は、日の出とともに農業に従事する日々が始まった。将来的には独立を見据えている松村さんには、学ばなければならないことがたくさんある。

果樹だけででなく、ハウスで収穫しているコマツナやミズナなどにも関わっており、収穫、パッキング、出荷、受発注の管理まで幅広く経験した。いずれは自分ひとりでこなせるよう、同僚や地域の方のアドバイスをしっかり吸収していった。
キウイの栽培で特に難しいのは剪定・摘果だ。枝や実を適切に間引く技術が一朝一夕で身につくものではない。

困った松村さんに救いの手を差しのべたのは地元農家。経験豊富な先輩方からノウハウを学びながら、徐々に収量を増やすことができるようになってきた。今では、同僚にキウイの摘果のポイントを教えることも。

キウイの摘果のポイントを伝える松村さん

そんな松村さんだが、「いまだに実を多く残しすぎることがあります。迷ったらついつい残してしまうことがあって、さじ加減がやっぱり難しいですね」と笑って話してくれた。

「一生できる仕事を求めてたどり着いたのが今の生活でる。移住してからは、地域の方の温かさや、故郷に似た雰囲気の神山がすっかり気に入り、おばあちゃんになってもこの場所で農業を続けていきたいと思うようになりました。独立してからは、耕作放棄地となっていた約40aを加え、合計約80aを経営していく予定です。神山町に限ったことではないですが、少しずつ農業を続けられなくなる人が増えてきています。これまで地域の方が大切に引き継いできた農地なので、耕作放棄地が増えることがないように、フードハブ・プロジェクトの仲間たちと神山町の農業を次世代につないでいきたいですね」

スダチは8月に収穫を迎える

野菜の収穫等も大切な仕事

移住してからの日々を松村さんはそう振り返ってくれた。自分のやりたいことを追い求め、ここまでひた走ってきた松村さん。たどり着いた上山町で農業を一生の仕事にする決意をし、理想の生活を手に入れた彼女だが、そこに至るためには、物怖じせず、挑戦を続けていく姿勢の大切さがうかがえた。

取材協力:㈱フードハブ・プロジェクト
㈱フードハブ・プロジェクトは、2016年に、神山町役場、神山つなぐ公社、㈱モノサスが共同で設立した会社。
農業生産、食堂・パン屋の経営、学校給食など、神山の農業の担い手を育てるために多角的な活動を行っている。独立した仲間とのつながりも強く、「TSUNAGU FARM」として支えあって神山の農業を盛り上げている。