「iju info」/移住インフォ 移住情報
農林漁業就業・ふるさと情報  Produced by NCA 全国農業会議所
農園歳時記

第34回 自然に生かされ、自然に苦しむ

我々の暮らしで大切なもの。光、風、水、熱、ときに適度な寒さ。誰もが承知しているが、屋根、壁、空調のない場所で働く日々ゆえ、百姓はそれを強く認識する。これを書いている十月末、僕はしみじみ思う。人間は自然に生かされている、大いなる恩恵を受けつつ暮らしている。だが時に、その自然にとんでもなく苦しめられもする…。
九月九日午前二時、顔に水滴が当たって目が覚めた。灯りをつけると布団の上で水がはねていた。ついに来たか。築四十年。幾度もの地震と台風で傷んだ屋根を直した。でも素人の腕には限界があり、最終的に四枚のシートと五十の土嚢で雨漏りを防止した。台風十五号はそんな努力を嘲笑うが如く天袋を満タンにした。天袋の雨水が完全に引くまで三日。天板はみな溶けて垂れ下がった。
午前五時半、風はまだ強い。部屋でじっとしていられず表に出る。我が苦心の作、温州ミカンを取り込む形の茶室は嵐に漂う帆船の如く揺れていた。ハウス五つと鶏舎は全壊。倉庫として使っているもう一軒の屋根は吹き飛び、なんと樹齢三十五年の果樹が数本、根こそぎ横倒しになっていた。その日の風は吹くというより走る、まさに疾風。風速五十七メートルであることを後で知る。
倒壊したビニールハウスは他の野菜にかぶさった。今年は梅雨明けが遅く光が少なく、予定した収穫は減少。だからハウスにのしかかられた野菜たちを少しでも救い出してやりたい。数々の金具やロープで固定してある曲がりくねったパイプを取り外すのは難儀。しかも台風が去った後は猛暑だった。

別な問題も生じた。停電である。電話やインターネットもダウン。電気も水も断たれた千葉県民は突然の原始生活に追い込まれる。隣家はガソリン式の発電機を終日稼働させていた。その手段を持たない人々は給水車の列に並び、臨時の入浴施設に足を運んだ。僕はどうしていたか…三年前に太陽光発電を始めた。こんな事態が生ずるとは考えず、幼い子の科学心程度でもって熱中、三年間で百八十万円を費やした。その太陽光発電にこんな形で出番が来るなんて。停電は十日間。貴重な電気は三つの冷蔵庫優先だ。畑からの保存食の他、肉や野菜が長い籠城に耐えられる量ためてある。腐らせるわけにはいかない。苦心したのは風呂。うちは井戸水をポンプで汲み上げる。ポンプは電気を食う。バッテリー残量を考えながら大急ぎでシャワーを使った。
自然という名の神様はさらなる試練を与える。前回被害から立ち直っていない十月十二日、台風十九号が関東を狙った。茶室は太い木にロープで縛り、母屋にはブルーシートと土嚢を追加、屋根の吹き飛んだもう一軒には内側から板やトタンを打ち付けた。のべ五十時間を超す奮闘だった。二度あることは三度ある。十月二十五日、今度は屋根を突き刺すような豪雨となった。

高校時代に体験した東京オリンピック。その開会式は最も晴天確率が高いゆえ決定されたと聞く。しかし今年の十月は最悪の気象だったと歴史に残る。だが落ち込んでばかりはいられない。前に進む。人生を楽しむ。十月末、ひしゃげたパイプを矯正して新たなビニールハウスを仕立てる。その合間、ナマズやウナギと戯れる。太陽光発電同様、ふと生じた子供心がとめどもなく拡大、人間用のプールが二つ。魚たちはそこに棲む。夕暮れ、赤い光がプールの水面を跳ねる。思う。自然は時に人間を苦しめる。一方で静かな幸福感もくれる…前のオリンピック時、紅顔の美少年(?)だった男も早や七十三。自然の有難さと怖さを存分に知る年齢になったのだ。
太陽光は僕の暮らしを支える。野菜栽培のみならず電気にもなる。今回の経験をもとに太陽光発電を増設。十六万円を奮発してハイパワー蓄電器を買った。危機管理と同時に人生を楽しむ手段でもある。あれこれ悩まず、世間の流行を追わず。興趣に従い日々を楽しむ。それが健康に良いことも七十三年生きて知った。

●プロフィール
中村顕治【なかむら・けんじ】昭和22年山口県生まれ。33歳で築50年の農家跡に移住。現在は千葉県八街市在住。典型的な多品種少量栽培を実践。チャボを庭に放任飼育する。ブログ「食うために生きる─脱サラ百姓日記」
http://blogs.yahoo.co.jp/tamakenjijibaba

全国農業会議所

富良野で農家になろう

農業技術検定

林業就業支援ナビ

『緑の雇用』RINGYOU.net

移住相談窓口

新規就業情報

募集・求人情報

農園歳時記

全国新規就農相談センター

全国農業新聞

新規就農本

全国農業図書

全国農業会議所