高知県室戸市 松尾 拓哉さん
(28 歳) 漁業歴:3年
- 【まつお たくや】大阪の専門学校を卒業後、茨城県の「大洗水族館」や和歌山の「エビとカニの水族館」で飼育員として勤務。3年前に漁師と水族館を作る夢を叶えるために、室戸市・佐喜浜に移住。
佐喜浜の地で漁師になるために
市や県の援助を受け夢を叶える
大阪の下町・平野区で、三人兄弟の長男として生まれた松尾さん。海洋生物に興味を持つきっかけは3歳の時に両親に買ってもらった熱帯魚。その出会いがすべての始まりだった。
海や生物をこよなく愛する少年へと育った松尾さんは、小学3年生の頃から夏休み等の大型休暇に入る度に父親の上司の実家(室戸市・佐喜浜)に通い始めるようになる。中学生にもなると1人でバスと電車を乗り継ぎ向かったという。そんな佐喜浜通いは高校を卒業するまで続き、佐喜浜は第二の故郷同然の特別な場所となっていた。
専門学校卒業後は地元大阪を離れ、大洗水族館や和歌山、徳島の水族館を渡り歩き、ついに3年前の25歳の時、幼少の頃からの計画を実行に移す。港町への移住と、漁業への就業だ。
松尾さんが目指したのは、漁師と海洋生物研究の両立。過去の水族館勤務は、研究や水族館運営のノウハウを習得するためでもある。
移住先に選んだのは、当然、佐喜浜。
「佐喜浜以外の移住はありえませんでしたね。ここ( 佐喜浜)は子供の頃から慣れ親しんだ場所ですし、何より顔なじみがいっぱいいましたから。漁師の師匠も昔からお世話になっていた方でしたので、移り住んだというより〝ようやく帰ってこられた〟ような感覚です」。
そして計画を成功させるため、松尾さんは高知県が用意するいくつかの支援を活用した。
漁業就業に向け、最初に活用したのが「漁業体験研修(短期研修)」だ。これは県内の漁村地域に1週間程度滞在し、実際に漁を体験することで〝漁業を知る〟ことができる。ちなみに研修期間中は宿泊費(上限5000円/日)が支給される他、損害保険への加入等の支援が受けられたそうだ。
続いて活用した「新規漁業就業者支援事業(長期研修)」ではベテラン漁師の下で2年間の実践研修を受け、〝操業に関する知識や技術を習得〟。この時、海上特殊無線技士の免許取得に向けた支援も受けている。
なお、研修期間中は毎月15万円の生活支援金が支給された他、室戸市のお試し住宅(短期研修用住宅)を借りることができたそうだ。現在は空き家を借りており、5年住むと家主に対してリフォーム代の半額が支給される制度に加入してもらうことで古い家ながら快適な生活を送っているという。
松尾さんは2019年の春に独立。国・県・市の補助を受け、5月から船のリースを受けている。船体は中古ながらエンジンや電気関係が全て新品に交換されており、良き相棒として松尾さんの活動を支えている。
↑松尾さんの船「海来」。漁業だけでなく、ホエールウォッチングなどに活用するためトイレを設置。水族館におろす魚用の生け簀の形状を変更。空気の循環装置も備わる。なお国連が提唱する「SDGs(持続可能な開発目標)」にも参画中だ。
既成概念にとらわれず多角的戦略
漁業も変わらなければならない
前述のとおり、松尾さんが目指すのは漁師と海洋生物研究の両立だ。どのように両立させているのだろうか?
「漁師が狙うのはあくまで〝売れる魚〟ですが、網の中に〝値が付かない深海生物〟が入る事があります。普通なら捨ててしまいますが、深海の研究については未知の領域が大きく、実は極めて貴重な資料だったりします。そこで、これまでの自分の経験と人脈を活かし、各地の水族館にこれら深海生物を買い取ってもらい、収入の一部にしています。もちろん、商売としてだけでなく、海洋生物の研究や教育に貢献し、子供達に室戸の魅力を知ってほしいという想いもあります。その一環として移動水族館や、学校・企業での講演も積極的に行っています」
移住先で新しい漁業を始めると、ベテラン漁師に目を付けられる事もあると聞くが、松尾さんの場合は昔からの付き合いがあったほか、得意のコミュニケーション能力で地域に深く溶け込み、漁師仲間から情報を得るだけでなく、必要なときには力を貸してもらうほどの関係を築いている。時には船団で漁に出ることもあるそうで、「重要なのは信頼関係ですね」と力説する。
これまでの漁師とは全く異なり、良い意味で何足もの草鞋を履く松尾さん。海洋深層水という室戸の豊かな資源を多くの人に広める、型破りな漁師を日々実践している。