宮城県石巻市雄勝町 合同会社OHガッツ 代表 伊藤浩光さん
描いていた青写真
宮城県石巻市雄勝町は、小さな岬が連なる三陸海岸の一角、東北地方太平洋沖地震の震源地に最も近いエリアにある。津波は町を壊滅的な状況に追いやり、震災後、人口の半数以上が流出して現在では1千人を切っている。
そうした状況のなか雄勝でカキやホヤの養殖を営む一人の漁師が注目を集めている。伊藤浩光さん(51歳)。仲間とともに漁師による合同会社OHガッツを設立し、代表を務める。
伊藤さんが家業を継いで本格的に養殖業に携わったのは43歳になってから。
「漁師はほとんどが個人事業主でしょ。独立志向が強いということもあるけれど、個人では生活が安定しないし、日本の漁業の古い仕組みのなかでは稼げる範囲もおのずと決まってしまいます。自分が漁業に携わるようになって、そうした点を本格的に変えたいと強く思うようになったんです。水産ビジネスのモデルを示そうと思っていました。そうしたら津波が来てしまった…」
伊藤さんが実践してきたさまざまなビジネスのなかに例えば輸出がある。
「ホヤはよかったね。ホヤは食べますか。東北の人間はよく食べる。韓国の人もよく食べるんですよ。輸出して4千万の売上になったこともありました」
日に焼けた彫りの深い肌、鋭い眼光は漁師のそれだったが、輸出や起業モデルの話をする伊藤さんは、ビジネスパーソンの顔だ。「こんなことを描いていたんですよ」と手渡された1枚のコピー用紙には、OHガッツの原型となるビジネスの仕組みが図式化されていた。
何度も書き直しをしたという起業モデル。その核となるものがあったから伊藤さんの復興は早かった。震災後、地元への物資支援のため単身で仙台へ。3月、4月、5月、物資を雄勝へ運び続けた。その活動のなかで知り合ったのがOHガッツをともに立ち上げることとなった立花貴さんらだ。
「どこで知り合ったかなんて、あの混乱のさなかでよく覚えてないな。企画の青写真に周りが賛同してくれて、もともとNPOに参加していたこともあって会計士や司法書士の知人も多かったから、皆が協力してくれたんです」
漁師の合同会社設立へ
話し合うなかで生まれた仕組みとは、「そだての住人」という新しい形のオーナー制度を設けた、漁師による合同会社だった。
これまでの養殖オーナーは、ただ商品を買うだけだが「そだての住人」は、実際に現地に足を運び、海産物を育てる作業に参加する。漁師とともに汗をかくことで生まれる共感を大切にしたいという願いが込められている。
合同会社にしたのは、個人事業主単位ではなかなか実現できない加工、流通にかかるコストの削減や、消費者に対する安定供給を一気に可能にするためだ。参加漁師たちは社員になるわけではないため独立性は保たれる。合同で漁業の6次産業化(生産・加工・販売)を目指して一つのビジネスを行う形となる。
漁業の復興モデルであり、普遍的なビジネスモデルでもある仕組み。それがOHガッツ。参加した漁師は11人。この規模も伊藤さんの努力の賜物であり人集めには一番苦労したという。
「いったい何を始めるんだ。成功したら参加する。そんなことできるわけがない…。いろいろいわれたし、批判もありました。でもともかく前に進むしかないという思いですね。今まで築いたものを一切合財もっていかれちゃって、失うものは何もないわけですから、立ち上がるなら新たな形にしようと、直感的に思ったんです」
カキ収穫までは2、3年
そう思って立ち上げてから9カ月。伊藤さんが次に目指しているステップは株式会社の設立だという。OHガッツを経て合同会社の利点も課題も見えたからで、将来を見据える先見性と立ち止まらない行動力が、伊藤さんという男の魅力なのだろう。
「合同会社は土地ひとつ購入するにも全員がYESといってくれないと買えないんですね。だからトップダウンでスピーディに進めていかないとならない事業には合わない。今後合同会社を作ろうとする漁師も多いと思うけど、規模ではなく動きやすさを考えるなら、2~3人で設立するのが一番いいパターンかもしれません」
OHガッツの場合は「復興」という目的や、人口流出という町の課題に対して「担い手を育成する」という目的も掲げている。大所帯には意味があった。しかし、今後展開するすべての事業にこの方法が合うとは限らない。
合同会社のメンバーとなる漁師のなかには銀ザケ漁ですでに水揚げを開始し、多少なりとも売上につなげている漁師もいる。
一方で伊藤さんはカキやホヤ、ワカメを中心とする養殖漁。ワカメの収穫はあったが、カキ・ホヤが育つには小さな種からだと2~3年かかる。それまでにどう食いつないでいくのかということが大きな課題となるのだ。スピーディーにトップダウンで決めていく組織の必要性も感じていた。
日本の水産業を変えたい
雄勝湾を望む高台からは、青い海面にところどころ色鮮やかな養殖ブイ群が浮かんでいるのが見える。復興の途に就いたことを物語る風景だが、一筋縄では行かない道のりが、その向こうにある。
「雄勝のためだけに動いているんじゃありません。地域振興? そんなに小さくないですよ。日本の漁業、水産業の将来を変えるような変革をもたらしたいですね。それには、漁師が消費者とつながらないとならない。今までどおりのやり方とは異なる方法で立ち上がらないと。日本の水産業の未来を考えていきたいと思ってるんです」