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農園歳時記

第5回 すべてをやるところにチョッピリ価値がある

紫外線とはかなり怖いものであるらしい。肌を気にする女性だけの問題かと思っていたがそうではないらしい。専門家は「生後初めて日光を浴びた時から紫外線による影響で肌が老化する光老化は始まっている」とその危険性を指摘する。
僕は百姓になって以後の数年間、わざわざ裸になって畑仕事をしていた。嬉しかった。オフィスは昼間も蛍光灯。そのサラリーマン生活が終わったのだということを、太陽を浴び、日焼けすることで実感したかったのだと思う。
今はシャツを着て畑に出る。老化や皮膚癌が怖いわけではない。あるとき女性に言われた。すっごいシミだね。見たことないんでしょ、自分の背中。今度見てごらん、ヒドイから…。この言葉が妙にこたえた。それで裸はやめた。
しかし今でも、工事現場の人のように日よけのタオルや帽子を使うことを僕はしない。顔や頭に何かが乗っていると風通しが悪い。風流、風雅とは風を友として暮らすところに生じる、そんな文章をいつか読んだが、そこまで難しく考えることはないにしても、やはり百姓は風と光を友としてこそ百姓だ。
明日の農作業のため夕方のテレビの天気予報は欠かせない。気象予報士が言う。「明日は快晴。紫外線もたっぷり。お出かけの時には十分ご注意を」。僕は苦笑い。オレは明日も畑にお出かけだ。たっぷり8時間は陽に当たるのだ…。

故郷の保育園は海の隣にあった。夏になると先生が、ザルに入れたスモモを沖に向かって投げた。園児はもぐって拾った。スモモの摘果作業の季節になると、半世紀以上前のその出来事を、鼻に入った海水の匂いとともに僕は思い出す。

何事であれ道を極めるには長い年月を必要とする。会社を辞めてすぐに植えたスモモの苗木が8メートルに達し、大きいことはいいことだと僕は喜んだ。サーカスもどきで腰に袋を下げて収穫した。

園芸書での知識はあったが、手入れや収穫のため果樹は「低く、広く」が大切と実感するのは植えて十五年後だった。風害、病害に弱いスモモを健全に育てるには実と接触する葉や小枝を取り除き、風通しをよくする必要がある、それを知るのにさらに数年を要した。
今もその道のプロから見ると未熟もいいところだろう。ただ少し言い訳もしてみる。オレは十種競技の選手なんだ…。走る、跳ぶ、投げる。専門家にはどれもかなわないが、すべてをやるというところにチョッピリ価値がある、面白味もあると。
果樹50種類、野菜100種類、それに養鶏。僕を究極のアマチュアと呼んだ人がいる。税務署にはちゃんと農家として税務申告してるぜ、などと腹を立てることはなく、むしろほめ言葉と受け取った。

蚕にも桑にも縁がなかった海育ちの僕が、二階の屋根に届くほどの桑三本を育てているのもまた究極のアマチュアゆえであろう。その桑の実を懐かしいと言う人は多い。かつ、わが実の大きさ、甘さに驚く。彼、彼女が昔学校帰りにつまんだそれとはかなり様子が違うらしい。
僕は学校帰りでなく仕事の合間に食べる。手にした「クワ」を投げ出し「クワ」を食べる。気象予報士にはとてもお見せできないような強烈な太陽の下で。
紫外線? 大丈夫でしょ。桑はビタミンCとアントシアニンを豊富に含む。紫外線の害をこいつがちゃんと補ってくれる、などと勝手なことを思いつつ。

●プロフィール
中村顕治【なかむら・けんじ】昭和22年山口県生まれ。33歳で築50年の農家跡に移住。現在は千葉県八街市在住。典型的な多品種少量栽培を実践。チャボを庭に放任飼育する。ブログ「食うために生きる─脱サラ百姓日記」
http://blogs.yahoo.co.jp/tamakenjijibaba