近頃、世の中、やたら騒がしいような気もするが、気のせいか。もともと静かな暮らしをしていた僕の、今になっての年齢が、外の騒がしさを、もっと敏感に感じさせるようになったということか。柿が色を濃くしている。ブルーベリーも南天もきれいに色づいた。若葉の時の「青春」は遥か過ぎゆき、我が人生もこの外の景色と同様に静かな「白秋」となった。ゆえに森の向こうの騒音が余計耳につく。そういうことか。
白菜畑を這いずり回って青虫を取る。根周りに鍬を入れる。柿を食うか、サルナシかグァバかキウイかミカンか日によって違うが、こうして流した汗と泥を拭き取り、庭の果物を口に押し込みつつ見上げる初冬の空。それには「静寂」という名のブランド値札が付いている。新規就農をめざす人たちにこの「静寂ブランド」の価値はいかほど意識されているか。
森の向こうのざわめきに僕は耳を澄ます。途切れ途切れに響くのは、円高、洪水、格差社会、老後難民、セシウム、そしてTPP。TPPを新種の殺虫剤かと笑わせた男がいた。そんなはずがあるまいに。さらなるボケもいた。彼いわく、最初のTは教師だろ、最後のPは両親だろ、あのモンスターペアレントとかいう怖い親だよ。だったらどうして真ん中の文字はMではなくPなんだ?
ふふっ、そんなはずもあるまいに。僕も懸命にTPPを学習している。かなり学んだつもりだが、開国せずして栄えた国はないと言う人あり、国の崩壊につながると言う人もいる。学べども働けども僕には分からないことが次々生じる。ついつい「じっと手を」見る。
そうした中で、ひとつ僕に気になる噂話のようなものがある。米国の日本へのTPP参加要請は自国の危機打開を目論んだというもの。アメリカ国民はオバマ大統領に変革を期待した。だがオバマ人気は急落、このままでは再選が危うい。米国スタンダードを環太平洋に浸透させることで自国のビジネスを活性化させる。国内に雇用を生む、ひいては大統領の人気回復を狙う。
これが事実だとしたら、大国アメリカにしてこの構図、えらく矮小だと僕は思う。とともに、異国の小さな百姓は偉大なアメリカ大統領に同情の念をも寄せる。初の黒人大統領に国民が期待したのは「変革」だった。変革とは、もっと深く、崇高な精神のことかと思ったが、国民が求めたのは経済の再生だったらしい。
不景気が大統領を追いこんでいる。だが、巨大な生き物である経済を、一人の人間の手でコントロール出来るなんてことはあるまいに、との同情が僕にはある。
だからといってオバマさん。我がニッポン国にはTPP締結によって、医療費と保険料が増すという意見もあります。貧乏人は医者にかかれなくなるとの論さえも。そうだとしたら、これは、米国における無保険者をなくそうと尽力した、デモクラットとしての、人に優しい思想のあなたらしくも、あるまいに。
人間、死なない程度の収入があればいいと僕は考える。かくも身を粉にして働けど五反百姓の収入はたかが知れている。有休も賞与もない。日没が早くなった今、月明かりの下で仕事するも珍しくなく、氷雨の中での作業は男のタカラを縮ませもする。でも同情するなら金をくれ、ではなく、静けさをくれ。僕は金よりも静寂がいい。かつ、憲法が言う文化的で最低限度の生活はすでに与えられていると感謝する。僕にとっての文化的とは「静けさ」と同義。もしくは「ワガママ」と同義である。本当はこの「ワガママ」を僕は「自由」としたい。しかし大袈裟すぎる。オバマさんをいま書いたばかりだし、自由の女神をパクッたようで照れ臭い。でも心の中で僕は、鍬を右手で高々と掲げ、ときには猫を胸に抱き、大西洋を見つめている。
静けさとワガママ、それは身を粉にして働くこととのバーター取引で得られる。念のため若い人に。ここは身を粉(こな)にとは読まないこと。小麦粉、昔のはったい粉のごとく、「こ」と読む。身を砕き、粉になるまで労働に奮闘することだ。なぁに恐れることはない。人間の体が粉になってしまうことは現実にはない。むしろ激しい労働は肉体を強固にする。僕は畑をジム、鍬とスコップを筋トレマシンと仮想して働く。
初冬の夕暮れ、背中の汗が急ぎ足で引く。空が燃える。燃える空には書いてある。お前の暮らしはT(とっても)P(幸せで)P(パーフェクト)。ええっ、ほんとかい? そこまでほめることもあるまいに。
かくして訪れた田園の静寂。やっぱり高級ブランドのようである。土と水とお日様。それをよき伴侶とし、筋肉の出力をMAⅩにして働いた者だけが着ることの出来るイタリアかどこかの高級紳士服だ。その裏ポケットにはこんな縫い取りが。『SONNAKOTOアルマーニ』……。