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農園歳時記

第33回 引き籠る

今号の筆を起こすのは五月半ば。十連休の熱狂から一週間。なのに大きな潮が引いたみたい。アレは夢か。そう思うほど世の中はシーンと静まり返る。熱狂から静けさへ。劇的な変化の要因は経済にありそうと、今朝アナリストの分析を聴いて考えた。さあ休みだ、新しい時代の始まりだ…精神が高ぶり、出かけ、気前よく金と時間を使う。そして一転、みんな財布の紐を締め、静かになる。

史上初の十連休。どこにも出かけない。昔は人並みにGWに興奮したがトシのせいか?  いや高齢の方でも海外目指して長いフライトを苦にしない人もいる。えらく痩せている僕が〝出不精〟なのは単に年齢のせいではなさそうだ。

どこにも出かけず何をしたか。もちろん第一は畑仕事。スイカやメロンの苗を仕立て、トマトのハウスを造った。生姜、里芋を植えるため膝丈の草をひたすらスコップで削った。雨漏りする屋根を命綱つけて修理もした。五月の日の暮れは七時。僕の退勤も決まってその時刻だ。

そんな合間にも遊びタイムはあった。茶室第二号を造り、電気工事をした。初めて太陽光発電を手掛けたのは二年前。熱しやすくて冷め難い…三つ子の魂七十三まで。太陽光発電でも同じだった。バッテリー端子から飛ぶ火花に腰が引けていた初心時から嘘みたいに僕の技術は進歩した。二年間で買ったソーラーパネル二十五枚、バッテリー四十個。投資金額はペイせず。でもいいの。ゴルフ、カラオケ、外食に無縁な男のこれは娯楽、大いなる興奮をくれるゲーム。

庭のミカンの木を取り込む形で茶室第一号を造ったのは一昨年。去年ここで収穫したミカンは甘く大玉だった。今年は露地より一か月早く、茶室のそれはもう幼果になっている。どこにも行かない十連休…二つ目の茶室建設に着手、太陽光発電を引き込む作業に励んだのだった。

材料はすべて廃材。設計図なしのアドリブ。どう完成するか自分でも不明。床、天井、必要なつど畑や倉庫を回って材料を調達した。仕上げに八メートルの孟宗竹を二十本、左右から組み合わせナイロンロープで縛った。三角屋根だ。その屋根部分にソーラーパネルを取り付けた。この高さだとパネルは日没ギリギリまで光を集める。

五月は百姓にとって最も肉体疲労を強いられる月。それを補ってくれる精神のサプリメントが澄んだ光、乾いた風、そして緑。梅の花の頃までは畑の隅々まで見通せたのに、今GWから三週間、果樹の新緑で視界不良。咲き誇るつるバラの下で僕は思ったのだ。人間、緑に埋まっていると精神が引き籠る。外界での出来合いのイベントを欲しなくなる。

ひとつの時代が去り、新しい時代が訪れる。あのGWの興奮と歓喜は「リセット」願望から発していたという分析を専門家の文章に教えられた。思えば百姓暮らしにリセットというものはない。春夏秋冬、移り変わる風景は一見リセットだが、自然の営み、百姓仕事、それは地下を這う大木の根のような連続線だ。

午後七時。明かりを灯した第二茶室のそばで体操し、昼間の仕事で曲がった腰を懸垂で伸ばす。今日は昨日と同じ。明日も今日と同じ。すっかり引き籠り老人である。でも働く、生きる、その意欲はまだ熱い。

●プロフィール
中村顕治【なかむら・けんじ】昭和22年山口県生まれ。33歳で築50年の農家跡に移住。現在は千葉県八街市在住。典型的な多品種少量栽培を実践。チャボを庭に放任飼育する。ブログ「食うために生きる─脱サラ百姓日記」
http://blogs.yahoo.co.jp/tamakenjijibaba