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農園歳時記

第23回 田舎暮らしに見る男と女

テレビに「人生の楽園」という人気番組がある。ラストは決まって男女が並んで田園の道を歩くシーン。夫婦相和すを絵に描いた如きで、いいなあと羨望の目で見ている人は多いだろう。でもちょっと違う例もある。夫ほどの情熱はなく、妻は都会で築いた友人関係を失いたくないと言う。さりとて夫に冷たいわけでもない。すでに田舎暮らしを始めている夫のもとに月に一度くらいやってくる通い妻となる。あと数年したら自分も都会から移り住むつもりだと言う。
夫婦は所詮「他人」だと世間では言う。夫婦間に何かの行き違いが生じたとき慰めの言葉として使う。生まれ育った土地も生活環境も違うのだから、なるほど食べ物の好みや楽しみの種類が違っても不思議ではない。例えば、夫は演歌が好きで妻はクラシックが好き。夫はパンが好きで妻はごはんが好き。夫は吉永小百合が好きで妻はヨン様が好き…。それでも破綻に至らないのは、長年の情愛と双方の妥協・調和の精神があってのことだろう。
ただ田舎暮らしのこととなると厄介さが増す。ワイン好きの妻が、今夜だけアナタの好きな焼酎に、ワタシ付き合うわ、というふうにはいかない。

この原稿を書いているのは五月の半ば。今年の天気は格別だ。雨が少なく湿度は低い。日中は夏日だが夜はほどよく気温が下がる。野菜の成長はみな支障なく、プラム、ヤマモモ、ブルーベリー、ブドウ、アンズも豊かに実をつけている。そしてバラが咲き誇る。今まさに人生の楽園である。
その人生の楽園を求め、田舎に行こう、移住しようと言い出すのは夫で、妻主導という例は多くない。なぜか。男はおそらく、長年の通勤電車で生じた勤続疲労を森の中で癒したいと願うのだろう。男はロマンチスト、女はリアリスト。遺伝子の違いもあるのだろう。
ゴールデンウィーク半ば、面白い人生相談を読んだ。八十代の男性が、畑作りが楽しめる田舎に引っ越したいのに妻が反対しているという悩みだった。驚くことに、男性は自宅から四十五キロ離れた畑に三十数年もバイクで通ったという。しかしこの冬、雪道で転倒、二カ月間寝たきりとなった。回復したら、バイクはもうこりごりなので、いっそ畑の近くに越してしまいたい。だが妻は、コンビニエンスストア、銀行、病院の遠い田舎は嫌だと言う。

夫はこうつぶやく。私はご近所の人間関係やしがらみも鬱陶しいし、このあたりで仙人のような暮らしもいいのではないかと思うのです…。まさに男はロマンチスト、女はリアリスト、その好例と僕は思った。
ああ、男はつらいよ。ロマンチストはリアリストにやはり勝てないのか。せめて互角に戦う方法はないのか。悲観は早い。あると思う。相手を「リア充」にしてしまうのだ。リアリストは兎にも角にも現実生活での満足を求める。夕日がきれいだの、新緑が美しいだの、野鳥のさえずりに心がしびれるだの、ロマンチストがよく口にする言葉だけでは満足しない。そんなの腹の足しにならないのよアナタ。そこで作戦開始。おいしい物をドッサリ作って差し上げましょうぞ。これが僕の提唱する「リア充作戦」である。
たやすいことではない。会社を辞めて都会から離れるロマンチストがリアリストに勝利せんとするのは、勝つか負けるか五分五分のノルマンディー上陸作戦。史上最大の作戦なのである。しかし、誇り高き戦いでもある。

心すべきは、ロマンチストが浪漫のままでは戦いに負ける。妻とは違うところで逞しいリアリストになることだ。史上最大の作戦に肝要なのは強き心であり、強き筋肉であり、骨であり、かつ知恵である。それを基盤として日々精進。妻と向かい合う食膳はデザートまで含め、八割はオレが作った品だぜ、どうだい。そう胸を張る。熱き夢を抱く男たち、すなわち「田舎に行くメン」にとってのそれがミッションである。
でもさ、とアナタは言うだろう。それは田舎に行って初めて可能な作戦でしょ。たしかにそう。だから、若いころ妻を口説いたあの情熱でもって口説き、言うのだ。五年の猶予をくれ。その後はオレが腹一杯「食わせて」やる。一杯食わせるなんてことはないかって? あるものか。必ずキミを幸せにする。真っ赤な夕日を眺めながら共に草原を歩こう…。

●プロフィール
中村顕治【なかむら・けんじ】昭和22年山口県生まれ。33歳で築50年の農家跡に移住。現在は千葉県八街市在住。典型的な多品種少量栽培を実践。チャボを庭に放任飼育する。ブログ「食うために生きる─脱サラ百姓日記」
http://blogs.yahoo.co.jp/tamakenjijibaba