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農園歳時記

第25回 身を任せる

今年前半の天気は風変わりだった。二月に吹く春一番は吹かず、家をきしませるくらいの大風が吹いたのは三月だった。かと思えば五月の台風だ。途中で温帯低気圧になったと安心していたら、なんの、突風が梅やプラムの大木をへし折り、トマトの雨よけハウスが倒壊した。
そういえば積もる雪も今年は降らなかった。毎年ビニールトンネルが潰れるほどの雪が一度や二度は降り、野菜を取り出すのに往生するが、その苦労が今年はなかった。
ただ寒さは例年以上に厳しかった。イチゴ苗をビニールトンネルに定植するのは十月で、師走近くなるとトンネルの上から更にブルーシートや古毛布などを何重にも掛ける。日の暮れる頃に掛け、朝八時頃に外す。寒気で手が痛むが、イチゴの花が喜ぶ顔を見たくてこの作業を四月の始めまで、延べ百四十日続ける。霜で真っ白の畑で赤味を帯びるのは二月。

今年前半の天気の特徴は雨が少なく湿度が低いことでもあった。畑はカラカラに乾いた。葉物野菜の管理に苦心した。そしてまもなく六月という日、ついに気温が三十一度になった。百姓の経験則を裏切る天気がだんだんと増える。テレビは豪雨、竜巻、地震、火山噴火、熱波、世界各地のニュースを伝えていた。
異常気象だけではなく、我々の周囲には昨今不安な材料が色々あるようだ。来世を信じている若者が多いという調査結果があることをいつか新聞で知った。その割合が高齢者よりも若者に高いというのに僕はちょっと驚いた。
来世はない、と僕は信じる。生命としての個体、すなわち一人の人間は、命の連鎖の単なる一点、短い歳月限定の存在にすぎない、そう僕は考える。魂は肉体が生きていてこその魂であろう。肉体の死はすべての消滅を意味しよう。僕はそう考える。来世があると信じる若者の心理は、自分を取り巻く環境の条件が厳しい、その裏返しでもあるらしい。
僕にも憂いと哀しみの時代があった。昨今ウツを病むサラリーマンが多いと聞くが、僕もほとんどそれだった。医者にかかるところまでいかなかったのはマラソンに没頭できたおかげだ。脱サラ後にも畑でため息をつくことがあった。そんなところにふんわり空から「声」が舞い降りた。悩み、憂える、迷う、それじゃあ次への展望は開けまい。かえって自分の足を引っ張る、人生にマイナスじゃないのかい―。素直にその声を聞いた。僕は時の流れに身を任せることにした。
時の流れに身を任せ…♪ どこかで聴いたこともある歌の文句だが、僕はすべてを時に丸投げしたわけではない。肉体はどこまでもハードに。それを貫いた。手抜きをせず、なすべきことを整然となす。とことん汗をかくことで、肉体の疲労は募っても、かえって心は安らかになる、安らかな心が次には肉体を円滑に動かしてくれる、そのような「発見」があった。もし、またしても難題が生じたならば…僕は胸の内で呪文もどきを唱えることにした。もうこれ以上は悪くはならないさ。なったって命まで取られるわけじゃあない。以後、生きる度胸がついた。よく油を注した古い自転車みたいに、僕の人生はギシギシいわず、坂道でも軽やかに登れるようになった。
日差しは強烈だが湿度十%台という五月のある日。僕は高さ八メートルのプラムの木に登っていた。生理落果が終わり、強風による落果も終わり、それでもまだ多すぎた幼果。それをちぎるため、枝伝いに頂上を目指していた。
アマチュア菜園家からプロとなってすぐに植えた六十センチの苗木。それが成長するのが僕の夢だった、新たな人生の象徴だった。今となってはこれも笑い種だ。命綱なしでそれがやれるのは神業です。半分はジョークだがそう言ってくれる知人がいた。なるほど、枝を踏み外したら一巻の終わり。命懸けのこの作業は、低い位置に枝を仕立てる果樹農家には苦笑の対象であろう。しかし幸い、体が小さく身軽な僕は、狭い場所をスイスイ通り抜けられる。
思ふべきわが後の世はあるかなきか
なければこそはこの世には住め
仏教最高位、天台座主である慈円は教えてくれる。死後の極楽浄土などないからこそ現世にとどまっているのだと。
何かと不規則な天候が続く今年前半だったが、四月から五月にかけての低い湿度は特筆すべきことだった。乾いた風の向こうに没する太陽が美しかった。田んぼの水面に映る落日は静かだった。頭上にかぶさっている木々の緑は人間と違い、まるで無欲と思われた。
畑仕事を終えた夕刻、僕はパートナーと毎日ジョギングに向かう。ときどき言う。心地よい風だなあ。やるべきことをすべてやった後の気分はいいなあ…。生きているというのは、きっとこういうことなんだよ。持てるエネルギーを出し切り、かつ、今という時をちゃんと楽しむのさ。風も、緑も、林の中の湿った草の匂いも、生きていればこその深い味わいじゃあないか。なに、いつか分かるさ、オレの言うことが。

ひとつ間違えばキザにしか聞こえないこの語らい。それがもしキザに聞こえないとしたら、ふたりが自然に身を任せているせいだろう。火山、地震、台風。自然はときに人間を苦しめるが、人の心を素直にさせ、過大な欲を捨てさせ、ストレスフリーに導く、それもまた自然のなせる偉大なワザである。若者よ、迷いを捨て、書を持って、山に向かおう、海に向かおう。肉体を軸に生きてみよう。僕はそう言っておく。

●プロフィール
中村顕治【なかむら・けんじ】昭和22年山口県生まれ。33歳で築50年の農家跡に移住。現在は千葉県八街市在住。典型的な多品種少量栽培を実践。チャボを庭に放任飼育する。ブログ「食うために生きる─脱サラ百姓日記」
http://blogs.yahoo.co.jp/tamakenjijibaba

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